【ショウタイ・２】

　黒依はすぐさま連絡を取り、仲間とカラオケボックスで落ち合うことにした。
　個室で誰にも邪魔されないで話ができるからだ。
　集まったのは浅山 小淋、犬神 花梨、吉祥寺 黒子、志波 武道、李 小麗、そして七緒 璃音。
　全員、【７】の登録者だ。
「さーてアリーセちゃん、だいたい予想は付くが、用件を聞こう！」
　志波は笑顔で黒依を指差し言い放つ。
　ちなみに両手で指差しているので、ちょっと昔に流行った芸人の持ちネタみたいになってしまった。
（予想が付いているからこそ、俺がみんなを笑わせないとネ☆）
　嫌が応にもこの先笑えない話が待っているのだ。
　暗い気持ちになるくらいなら、いっそ笑い飛ばしてしまいたい。
　志波はあえてふざけることで、この場の空気を和ませようと努めた。
「アリーセ……」
　李も、表情が硬い友人を気遣い、小さな手で彼女を手を握ってあげた。
「……大丈夫、私はやると決めたから」
　黒依は伏せていた目を起こし、しっかりと全員を自身の視界に収めた。
　そして確かな口振りで告げた。
「私、あの日の女子会の記憶がないの。これはつまり、セブンに記憶を消されたということよね？」
「嘘だって言いたいが、残念ながら事実だ。そして、その正体は……」
　志波の脳裏にあの日の出来事が蘇る。
　突如もれいび集団に襲われ、パニックになった店内。
　逃げ惑う一般客を誘導し終えて店内へ慌てて戻ろうとしたとき、片腕から血を流す白亜の殺人鬼を目の当たりにしたのだ。
　その正体を、志波は一週間弱経過した今でも認めたくなかった。
　言いあぐねる志波を見かねた七緒が、保護フォルダ内のメールを志波に見せた。
　そこにあるのは、記憶を消される前の黒依が送った『セブンの正体』というタイトルのメールだ。
「アリーセや関係者がセブンに記憶を弄られた場合、ウチがこのメールを以て証人となる。アリーセの送信履歴も残ってるはずだし、動かぬ証拠ってやつだね」
「……だよなー。現実から目を逸らしちゃ駄目ってことか」
　志波はコーラをずずずっと啜った。
「志波。あんたの気持ちよく分かるぜ」
　吉祥寺は今にも泣きそうな顔で声を漏らす。
「俺だって……まだ信じられねぇ……。何かの冗談だって思いてぇ。でもあいつは……」
「なー？　もしかして俺様だけセブンの正体知らないって展開かコレ？　ならとっとと教えろよ！」
　一向に進まない話に機嫌が悪くなる犬神。
　彼女は「セブンの正体が分かったらしいじゃねぇか！」とワクワクしながらちゃっかり参加することに。
　そんな犬神を吉祥寺が睨み付けた。
「あんたは気楽でいいよな……？」
「ん？　そういう白黒女は正体見たんだろ？　なぁ、もったいぶらずに教てくれよ、ぎゃははは！」
「その耳障りな笑い方やめろ、この犬女！　人の気も知らずに！」
「いちいち笑い方に文句言われたくないんだけどよォ？　俺様だってちゃーんと情報持ってきてるってのに、やな感じー」
「んだと？」
　吉祥寺が立ち上がった。
「おっ、やるか？」
　にやりと犬神は笑いながらソファーの上でふんぞり返る。
　いがみ合う２人の間に、李と浅山が割って入った。
「２人ともやめるのだー！」
『こんなときに喧嘩なんていけません！』
　彼女らに詰め寄られた吉祥寺と犬神は一気にしおらしくなり、なし崩し的に和解をするのであった。
　げに恐ろしいのは、目の前の好敵手よりも普段大人しい人物が怒ったときの様であろう。
「えっと、続けていいかしら？」
　浅山と李に叱られる吉祥寺と犬神を見遣りながら、黒依は１冊のノートを鞄から取り出した。
「これは今までの怪人セブン関連の事件で、私が情報をまとめて記したノートよ」
　黒依はこれまで、怪人セブンの『邂逅』、『断罪』、そして『正義』を叫ぶテロ事件と、全ての怪人セブン事件に関わってきた。
　彼女はその中で常に情報をまとめ上げ、最善の行動を示してきた。
　その記録がこの１冊のノートに詰め込まれている。
「これが真実よ。たとえ記憶を消されても記録は残ってる。今までの行動は無駄じゃなかった」
　犬神はノートを見た瞬間、歓喜の笑い声を上げた。
「マジかよ！？　マジなんだなコレ！！　ぎゃははは！　芽森がセブンか！　まぁ、あいつの拳から漏れる殺気は、俺様と同種だと思っていたがよォ！！」
　ニヤつく犬神。
　いつかぶっ飛ばしたいと思っていたセブンが、自分の『愛で対象兼強敵』だったのだ。
　バトルマニアの犬神にとって、これ以上喜ばしい真実はないだろう。
「……このまとめに、みんなの情報を加えて『セブンの正体』の完全版を作成したいの。協力してくれないかしら？」
　黒依の申し出に、その場にいる全員がすぐさま快諾した。
　そして彼らはお互い持っている情報を余すことなく伝え始める。

　２時間後、志波がフロントへ「延長おねがいしまーっす☆」と伝える頃には、完全版の作成はほぼ完了していた。


『怪人セブンの正体』

　このメールには、私たちが掴んだ怪人セブンの正体が記されています。
　ここから先、興味本位で覗くのは禁物です。
　彼からの招待状が、私たちもれいびに送り付けられているのをご存知かと思います。
　これ以上知ってしまったら、もう後戻りはできません。
　それを自覚した上で閲覧をお願い致します。
　今のフツウが大切なら、このメールはすぐさま削除することをお勧めします。

　怪人セブン――らっかみである野々 ののこさんを狂信する『彼』の正体は、寝子島高校３年７組の芽森 菜々緒先輩です。
　正確には、芽森先輩の中に存在する別人格が怪人セブンなのです。
　荒唐無稽と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
　しかし、これを作成したメンバーの中にはセブン本人と対峙した者がいます。
　偶然が重なり、無傷でその正体を目の当たりにし、生還したのです。
　本来ならすぐさま警察に言うべきでしょう。
　しかし、私たちは同じ寝子高生である芽森先輩を何とかして救えないかと考えています。
　それにこれは、もれいびの関わる事件。
　もれいびのことは、もれいびたちで解決するのが筋でしょう。
　そのためには、皆さんの協力が必要です。
　七男を圧倒し、芽森先輩の自我を心の闇から引き上げるためにも、ともに危険を冒してくれる仲間を募ります。
　決行日は、今度の日曜日の日没前後の時間。
　天気予報は朝から夜間にかけて雨。
　暗号解読の結果、雨が降るこの時間、寝子島の何処かの『すべての悪意の始まりし場所』でお酒を供えてください。
　変化があった場合、このメルマガに一報お願いします。

※注意事項※
　怪人セブンのろっこん＝自傷後、血が付着したナイフを対象に見せることで、記憶を改竄することができる。
（複数人相手に一斉発動する強力な効果です。また、発動すると脳に強い負荷を感じて気絶します）
　
　怪人セブンは現在、手下と思しきもれいびたちを操っているとみられます。
　彼らは何らかの武装をしていると考えられます。
　女子会襲撃集団のもれいびたちは『さほど戦闘能力のない』『洗脳されたもれいび』と予想。
　裏を返せば、セブンの傍には『戦闘能力のある武器持ちの強力なもれいび』がいると予想できます。
　最低限の自衛手段は講じておくべきでしょう。

　最大の難点は、前回の女子会襲撃事件で占い師レディ・ロゼッタさんが怪人セブンに誘拐されてしまったことです。
　恐らく、彼女はセブンと一緒にいるはずです。
　彼女の救出も視野に入れなくてはなりません。
　また一連のもれいび失踪事件もセブンが関わっていると見ていいでしょう。
　つまり、セブンと一緒に人質のもれいびたちも幽閉されているに違いありません。
　極力、こちらも救出できればいいのですが、対応は皆さんにお任せします。

　これは『原罪』や『憤怒』、そして『傲慢』の事件とは比べ物にならないほどの危険な事件です。
　今や怪人セブンは『嫉妬』の大罪を背負う者。
　待ち受けているのは、地獄すら生温い絶望に違いありません。
　それでも、私たちは戦う理由があります。勝たなくちゃならない理由があります。救いたい人がいます。
　もれいびとして、芽森先輩を助けたいという仲間として、やらなくちゃいけないことがあるのです。
　このメルマガを最後まで読み通したあなたなら、理解していただけるはずです。
　一緒に、セブンの仕掛けた絶望を突き崩しましょう……！！
　

　文責：黒依 アリーセ


　このメルマガを皮切りに、次々と情報が集積されていく。
　そして協力者も集まり始める。
　義務感で、義憤で、心配で、使命を帯びて。
　それぞれの想いで死地へ集う覚悟を決める。
　開演ベルは、まもなく鳴り響く。










「ところでさー、ヒジョーに言いづらいんだけど、俺の分までお会計オネガイシマース！」
　カラオケの会計の際、女子たちの前で金欠の志波が恥も外聞もなく土下座したのは、ここだけの話である。