夏を取り戻せ！｜リアクション

夏を取り戻せ！

3．竿を並べて

　一方の刀は、釣具店で一式買った際にもらったアドバイスをまとめたメモを見ながら釣りに奮闘していた。
　餌は生き餌を用意してもらった。特に抵抗はない。見た目がちょっとアレだけど。ちなみに筆者はばりばり抵抗あるので釣り一生向いてない。何なら魚も触れないと思う。そういう意味で刀はすごい。
「これを針につけて、ポイントへ投げて……」
　メモによれば、餌の動かし方がミソらしい。ちゃんと生き物として動いているように操作すると釣りやすいらしい。へえ。
「あとはかかった瞬間にどれだけ魚側の引っ張りと呼吸を合わせられるかだな」
　釣りには合わせという概念がある。
　魚が餌に食いついた時、素早く手元を動かし魚の口に針をかけることを指すのだがこれが一筋縄ではいかない。経験やセンスがものを言う。らしい。
　しかしそこは百戦錬磨の刀。
　釣り自体の経験はほぼなくとも、戦う相手とのタイミングを計ることにかけて彼は一流だった。時に命をかけて、一瞬の鍔迫り合いをしてきたのだ。
　その瞬間瞬間でひりつく感覚を、体が覚えている。
　初めて30分も経たないうちに、刀は早くも3匹目を釣りあげていた。
　とりあえず、最低限の人数分は確保したので一旦寝太郎と茂のところへ戻ろうか。そう思い刀はその場を後にした。

　戻った時、彼らはまだ準備が終わっていなかったので刀は欲張って2度目の釣りに赴こうと考えた。
　しかし先ほどはたまたまビギナーズラックで立て続けに釣れただけで、ここから3匹釣ろうとすると意外と時間がかかるかもしれない。
　どうしようか悩んでいると、寝太郎が提案をしてきた。
「準備はある程度進んだしあとは自分ひとりでやれそうだから、その間先輩と一緒に釣ってきたらどうかなぁ？」
　たしかに、釣り具は寝太郎の分も用意してあるのでそれも可能だ。
「そうだな、調理がもう少しかかりそうなら……先輩どうですか？」
「む……」
　釣りも、当然茂は不慣れだ。しかしサークルのキャンプ中にこんな場面が訪れるかもしれない。シミュレーションしておくに越したことはないだろう。何事も。
「そうだな、行こう」
　そしてふたりは再度釣りのできるスポットへと向かったのだった。

◇

　刀と茂。ふたりは並んで竿を握り、ぼんやりと話をしていた。
「先輩」
「どうした」
「なんか俺、変かもしれないです」
「……どういう意味でだ？」
「最近、恋人たちをエロい目で見ちゃうんですよね。男なら仕方ないと思うんですけど」
「そう……かもしれないな」
　爽やかな景色に似つかわしくない、しかし彼らの歳を考えればそれはそれでふさわしい話題だった。
「これって、俺がエロいだけですかね？」
　問いを投げかける刀に、茂はなんと答えるか迷っていた。
　刀のむっつりはキャラとしてある程度認知されているが、自分はそのようなキャラとして振る舞っていない。少なくとも本人はそのつもりだ。バレているバレていないは別として。
　つまりここでエロ話に花を咲かせてしまえば、刀と同じむっつり族として島内であらぬ噂を立てられてしまうかもしれない。
　悩んだ末、茂は答えた。
「……それもまた、青春かもしれないな」
　めちゃくちゃ無難な答えだった。こいつ、弾を避ける気満々だ。
　しかし残念なことに、刀は追撃をしてきた。
「先輩は、そういうのないですか？」
「そういうの、とは？」
　どうにか焦点をずらそうとするが、刀は意外としつこかった。
「恋人をエロい目で見ることないですか？」
「ない」
　言い切った。本心かは分からない。ただ茂には、守るべきナニカがあったのだ。
「そっか、ないかー」
「しかし」
　茂は言葉を足した。
「今は多様性の時代だ。いろんな考えの人がいて当然だし、そういう考えを持っている人がいても変ではないだろう」
　たぶん多様性ってそういう時に出すワードではないと思われるが、茂はどうにかうまいことまとめようとしていた。大学生にもなると、こういうちょっとした狡いこともできるようになるのかもしれない。
「じゃあ、変とかエロいとかじゃなくてこういう個性ってことすね！」
　好意的に解釈した刀が、今後事件を起こさないことを願うばかりである。

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夏を取り戻せ！

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