あなたと名もなきひと時を｜リアクション

あなたと名もなきひと時を

【いっしょに】

　レモンイエローのカップケーキをウォルターがほおばる様を、七瀬はほうとため息をもらしながら見守りました。
「いやぁ、美味しかったねぇ。今日はお誘いありがとう、倉前」
「いえ、僕こそ付き合ってもらってしまって」
　と七瀬はちょっぴり恐縮。思えば誘い方もいささかゴーインであった気もします。この上は、彼もちゃあんと、楽しんでくれていたらいいのですけれど。
　なんて少し伏し目がちにしていたら、
「そんな心配そうな顔しなくても、ちゃんと楽しかったよぉ」
「ほ……ほんとですか？　よかった」
　鼻先をぴんと突かれました。
　明るく朗らかな笑み。七瀬を見つめる瞳はやっぱり悪戯っぽくゆるんで、それでいてあたたかくやわらかく、目線は同じ。対等で。
　七瀬の胸にはじんわりと、ぽわっと、火が灯るかのよう。
「ウォルターさんの作ったケーキも美味しかったです。たくさん焼きましたし、持って帰ってください」
「いいの？」
「はい。メアリさんにも食べさせてあげてください」
「そうだねぇ。味に厳しいから、ダメ出しされちゃうかもしれないけど」
　ブラックウッド邸を取り仕切る老メイドさんを思い出してか、可笑しそうに笑います。お菓子作りの達人だそうですから、確かにすこうし、気後れしてしまいそうですけれど。
「大丈夫ですよ、ウォルターさん」
　なかば確信しながら、七瀬は言いました。
「ウォルターさんが作ったんですから。ぜったい、喜んでもらえます」
「そうかい？　そういうものかねぇ」
「はい、ぜったいに！」
　身も知らぬ誰かのためにケーキを焼いたとしても、こんなに気持ちがこもることは無かったでしょう。ウォルターへのプレゼントと思って作ったからこそ、上手くいったようなもの。自分はケーキ屋さんにはなれないかな、と七瀬は苦笑い。
　あらためて、思います。
「人になにかを贈るのって……いいですね」
　忙しく立ち回り、準備して、苦労してこしらえて。それを手渡す瞬間のどきどき。ぱっ、と花の咲くように輝く、喜びの顔。
「うち、本番もがんばりますね」
　何度でも見たくなってしまう、幸せな笑顔。
「すっごく美味しいのを、ウォルターさんにあげますから！」
「はは、そんなに気負わなくてもいいのに……って、言いたいとこだけど」
　ふいに頭に乗せられた彼の手のひらの、そのやわらかさ。あたたかさ。
「楽しみにしてるよぉ」

　シーサイドタウンの街並みをふたり、歩きます。お土産のカップケーキを持って、星ヶ丘へ帰るウォルターさんをお見送り。
「ああ。賑やかだと思ったら、そうか。もうすぐクリスマスだもんねぇ」
「そうですねー」
　思えばふわふわと、街全体が浮かれているような気がします。もう年末。はやクリスマスです。道行く誰もが足取り弾ませ、胸高鳴らせているようにも見えました。
「ウォルターさんは、クリスマスはどうするんですか」
「ん～？　そうだねぇ……」
　彼はつぶやいて、どこか遠くを見つめ、口元をゆるめます。街の空気に浸るようにして、目を細めて。
「分からないけど、楽しく過ごしたいよねぇ」
「……そうですね」
　いっしょに過ごせるだろうか。過ごせるといいな。
　誘ってみましょうか。ＯＫって、言ってくれるでしょうか……？
　と、足もとを吹き抜けた冷たい風に、七瀬はぷるると肩をふるわせます。
「うー。寒くなってきましたねー」
「冬だからねぇ」
　どちらともなく、手が触れました。七瀬が思わず、きゅ、と握ればあたたかくて。嬉しくて。
　ぬくもりから離れがたくて、七瀬は結局そのまま、星ヶ丘まで歩いてしまったのでした。

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あとがき

担当マスター：墨谷幽
ファンレターはマスターページから！

　墨谷幽です。『あなたと名もなきひと時を』、リアクションをお届けいたします。

　ウォルターさんとお菓子作り、いかがでしたでしょうか。
　カップケーキ、美味しいですよね！
　シンプルお菓子ながらに生地の配分からアレンジまで、なかなか奥が深いようでして。今回はそのさわりといったところですけれど、本番に向けての弾みとなりましたら幸いです。
　
　それでは、今回はプライベートシナリオにご指名いただきまして、ありがとうございました！
　次のシナリオでもお目にかかれますように。次回もお待ちしております～。
　お疲れさまでした！

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