fork in the road｜リアクション

fork in the road

　鷹取洋二は動じることの少ない人物だ。マイペースということでもあり、鈍感とも言えるかもしれないし、泰然としているとも言える。
　だがその洋二が目を丸くしていたのである。まばたきすら忘れたように数秒、その場でフリーズしていた。
　ようやく言ったのが、
「参ったな」
　の一言だった。
　やっぱり駄目かと碧南は思った。彼のことだ。碧南を傷つけないような断りかたをするだろう。
　しかしつづけて洋二の口から出たのは予想外のセリフだった。
「今日……僕は羽生くんに告白するつもりだったんだよね。はは、先に言われるなんて思ってもみなかったよ」
　なんと洋二は真っ赤だ。しきりと前髪をいじっているが照れているからだとわかる。
「いつ言おうかずっと迷ってたんだ……だからほっとした、同じ気持ちだってわかったから。僕はずーっと羽生くんのことが好きだった。ガサツな女？　とんでもない、羽生くんは心が広くて包容力がある女性だと思うんだ。僕こそナルシストで嫌なヤツだよ、高校生活でずいぶん学んだ。いまもまだ直そうとしてる最中なんだ」
　もしかして自分に都合のいい夢を見ているんじゃないか、碧南はそう錯覚しそうなくらいだ。
　しかし現実だ。手にしたコーヒーカップの重さも、指先に伝わる珈琲の熱さも。
　それに、と碧南は過去を思い返す。

「僕が寝子校生でいられるのもあと僅かだ。羽生くんの気持ち、ありがたくいただくよ」

「おや、君もおでこに傷が出来ている」
　そういって洋二は碧南のおでこの血を舐めとる。
「ひゃっ！」
「すまない。血が出ていたものだから」

「一緒に少し、お花見しませんか。川辺を歩いて」
　うん、いいねと洋二は返事した。

「すごい美人が近づいてくるから誰かと思った」

　いま考えたら、先輩だって私に、好意を伝えようと一生懸命だったのかもしれない。
「それに……これを言うと重くなるかと思って言わずにいたんだけど」
　洋二は言った。
「僕が日本に残りたかった本当の理由、全部じゃなくてもそのナンバーワンは、羽生くん、きみだよ。きみに好きだと打ち明けないまま海外に行くなんてできなかった」
　まあ、こんなに間隔が開いちゃったけどと洋二は苦笑した。
　遅ればせながら碧南が気づいたことがある。
　先月メールで碧南は彼に合格を通知した。洋二からの返事はすぐに来た。
　だがウインターカップのことなどで頭がいっぱいだったので、碧南は彼の返信を熟読しなかった。
　考えてみれば彼の文面に、『羽生くんさえよければ一度話がしたいな』という内容があったと思う。
　先輩、会って告白したいと思ってたんだ……私に！？
　にわかには信じがたいがそう解釈するほかない。
「今日、きみからメールが来て、いよいよ告白チャンスが来たと思った。フラれてもしょうがないけど、当たって砕けろってね。だから超がつくほど緊張してたよ」両腕をひろげて言う。「この格好、まあそれなりにはまとまったけど、家を出る直前まで『着てく服ないかも！』って青ざめてたくらいさ」
　乙女ゲームだったら彼が彼女を抱きしめて、ハッピーエンドのファンファーレがなって終わりだ。
　でもこれはゲームじゃない。はじまりはここからなのだ。
　彼が碧南に手を伸ばし、碧南が彼の手を取ってはじまりを確認した。
「これからもよろしく」
「よろしくお願いします」
「もう敬語は使わないでいいよ。普通に話して」
「あっ、そうか。ではよろろしくね、先輩」
「洋二って呼び捨てでいいよ」
「それはまだ抵抗ある……かな」
　真冬なのに碧南は汗だくだ。
「じゃあせめて『洋二さん』呼びで」
「なら僕も、『碧南さん』でいいかい？」
　こうして『碧南さん』と『洋二さん』の関係がこの日からスタートすることになった。

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