あおい、ソラ｜リアクション

あおい、ソラ

　ホームに着くと同時にねこでんが滑りこんできた。幸先いいぞと思って乗って、あっという間に寝子島駅だ。
　彰尋は待ち合わせ場所のファーストフード店に入る。黄色いロゴの赤い看板。ちょっと前までは二十四時間営業の店だったが、働き方改革で夜中は閉まるようになった。とはいえ毎朝新聞配達の時間帯には、早くもオープンしているのだが。
　ホットコーヒーを買って客席をさがすと、すぐに見覚えのある少年を見つけた。

「鴻上さーん、こっちっすー」
　ひらひらと手を振る七夜ソラは、やはり姉によく似ている。彼女より上背があり髪も短く、やや面長ではあるものの目元口元眉の形、いずれも面白いくらいそっくりなのだ。といっても声は少年のそれだし、男子中学生特有の、破裂寸前まで膨らんだポップコーンの袋みたいな活気に満ちている。
「今日はどもです。ありがとうございます」
「ソラ君、久しぶり。元気だったかい？」
「めちゃ元気っす。部活の朝練とかなくなってから暇で」
「でも、もうじき受験では」
　あはははとソラは笑って後頭部に手をやった。勉強だってしてるっすよ～と真偽の怪しい口調で言う。
「毎日机にかじりついてると窒息しそうなんで、今日はモチベーションたもつために憧れの寝子島を見学にきたというわけです」
　ここに来るたび『ゼッタイ寝子島高校に入るぞ！』と闘志が高まるというソラの言い分だけは本心らしい。
　ソラが姉に似ているところがもうひとつ見つかった。抜群の人当たりのよさだ。いつも屈託がないが無神経なのではなく、しゃべっているだけで自然に相手をなごませる。
　なるほどねと言いながら彰尋は熱すぎるコーヒーに唇をつけた。ソラのほうは、モーニングセットなどと殊勝なことを言わず朝っぱらからボリューム感のあるバーガーとポテトをほおばっていた。ドリンクだってラージサイズのコーラだ。華奢な体格のどこにこんなカロリーが収まるのやら。
「あおいさ……お姉さんは？」
「まだですね。散歩中とか言ってたけど、ホントは俺の電話で起きたんじゃないですかね」
　彰尋はぎくりとしたが「そうなんだ」とさりげなく返した。
「ねえちゃんってしっかり者のようでいて、案外ズボラなとこあるし」
「意外だなあ」
「そっすよ。実家にいたころ俺らには『ハンカチとちり紙持った！？』って口うるさいわりに、自分はよく俺のハンカチまちがって学校に持って行ってたし。カプギアの」
　実家にいたころ、ということはまだソラは小学生くらいだったろう。無闇に勇ましいキャラクターハンカチを使っている彼女の姿を想像し、失礼ながらと思いつつ彰尋の口元はほころんでいた。
「あと靴下も」
　とソラが言いかけたところでインタラプトが入る。
「ちょっとちょっとっ、彰尋くんに変なこと吹きこまないでよっ」
　あっ、とソラは振り返り彰尋も目線を上げた。腰の左右に握りこぶしを当てて、ソラのねえちゃんこと七夜あおいが立っていたのだった。
「おはよう彰尋くん」
　ぱんっと胸の前で両手をあわせタイ式のあいさつのようにあおいは彰尋に頭を下げた。
「そして迷惑かけてごめん！　うちの至らぬ弟なんぞのために」
「迷惑なんてとんでもない。呼んでもらえて光栄だよ」
「『弟なんぞ』ってなんだよー」
　不平を言いながらもソラは嬉しそうだった。席を立つべくバーガーの残りを口に押しこんでいる。

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