もしものメイドさん｜リアクション

もしものメイドさん

　月原想花は更衣室の隅にある姿見の前に立つ。頭に白いフリルのカチューシャが綺麗に収まっている。黒いブラウスに白いエプロンドレスを重ね着していた。
　――メイドの姿に見えるけど、こんな暗い顔した眼鏡のぼくが接待しても絶対に人気なんか出ないよ。
　さっきまでいた新人の美姫さんも眼鏡をしていたけど、笑顔がぼくと全然ちがう。一瞬でも同じと思うなんて、本当にどうしようもないね。
　口元に歪な笑みを浮かべる。
「月原さん、顔が暗いよ。もっと明るくしないと綺麗な顔が台無しになるよ」
　恨みがましい目を向けると川上紗櫻都（かわかみ・しゃるろっと）が笑顔で現れた。
　貴族令嬢を思わせる縦巻きロールは奇異に見えない。フランス人の母親の容姿を引き継いだ賜物と言える。
「ぼくのどこにそんな要素があるんだよ。緊張で顔が強張って上手く笑えないんだけど」
「そんな時は肩の力を脱いて腕をぶらぶらさせればいいよ。あと深呼吸だね」
　涼し気な顔で紗櫻都は深呼吸をして見せた。
　目にした想花は沈んだ顔で聞いた。
「どうしてぼくをメイド喫茶に誘ったのかな。バイトの経験はあるけれど」
「まだ気づかない？　月原さんが綺麗で、きっと人気が出ると思ったからだよ」
「もう、それでいいよ。そろそろ開店時間だよね」
「そうね。張り切っていくよ」
　紗櫻都は片手を突き上げた姿で軽く跳んだ。
　想花は軽く握った右手を胸のところまで持っていき、そうだね、と小さな声で言った。

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