【クリスマス☆red】哀歓の激情｜リアクション

【クリスマス☆red】哀歓の激情

　日没の寝子島は、ちょっとした観光名所だ。
　九夜山の展望台や、エノコロ岬、星ヶ丘のステッラ・デッラ・コリーナと、一望するためのロケーションも多くある。けれど今日ばかりは、夕陽のよく見えない島の裏手側も賑わっていた。
　海に面した岸壁が、長い年月をかけて生み出した洞窟。普段は簡単な手入れだけされた薄暗い場所が、煌めくイルミネーションを飾り付けてクリスマスマーケットとなっている姿は圧巻だ。
　少し考え事をしながらやってきた鴻上彰尋は、その明るさに少しだけ安堵して……声をかけそびれた彼女はどうしているだろうかと思い馳せた。
　最近は何かと「ちょっとね」と濁し、友達の誘いを断っている姿を目にする七夜あおいは、イベントを楽しみにしているようにも思えなかった。特別深い悩みがある様子でもなかったが、それに気付かぬフリをすることもできない。
　それらを差し引いても、家族と過ごすために実家へ帰ることだって考えられる。また弟の突撃を受けているかもしれないと思うと、おいそれと声をかけるのも躊躇われた。

　――一度きりなんだよ。

　特殊な事情のない限り、高校三年生でいられるのは一度きりだ。
　進学も決まっているくらいに学力があり、素行に問題ない彼女は当然、今年のクリスマスが高校最後のクリスマスとなるはず。そうでなくとも、楽しんではいけない理由にはならない。
（……よし）

　だんだんと洞窟の天井が低くなり、灯りが減った。
　この先は心許ない小さな灯りを持って進むイベントがある。暗闇なんて好んでは訪れないけれど、その先に見られる景色があるなら、見てみたいと思う。
　自分へ発破をかけるように、彰尋は暗がりへと進む。通り抜けられたなら、「どうしてる？」と聞いてみようと心に決めて。

　誰だって、胸くらい高鳴らせる日だ。
　どんなデートになるかなとか、プレゼントは何かなとか……バイトの手当がいくらつくかな、とか。
　浮かれるクリスマスばかりじゃない。支えてくれる人がいるから、こうして街ゆく人は笑顔でいられる。
　だから、そんな日に独りでいることを嘆くなんて、葉利沢倫理子には贅沢だとさえ感じた。
（次に奪われるのは……いつになるかしら）
　別の人格がある倫理子にとって、こうして自由に歩き回れることが奇跡のような物だ。少なくとも、自分が主人格だという意識はあれど、悪意に狂うMaliceを常に抑えつけられるほどの力は、残念ながらない。
　心の内で憎悪を囁くだけでは飽き足らず、Maliceは倫理子から身体のコントロールを奪い勝手気ままに動き回る。そのせいで、周囲にかけてきた迷惑も被った被害も星の数ほどあるけれど。
「クリスマスイヴに、ね」
　この聖なる夜に倫理子として過ごせるなんて、誰かからのプレゼントだろうか。
　ほうっと白く昇る吐息を追うように見上げた先には、見知ったマンション。完全に抑え込むのに手間取って、Maliceが何かを企み向かっていた場所なのか、倫理子として無意識に足が向いてしまったのかはわからない。
　……それでも、こんな日に訪問する場所ではないと、踵を返そうとした。
（二人は……きっとデート中よね。クリスマスだもの）
　当然だ。
　なのに倫理子の胸の奥は、つきりと小さな痛みを訴える。
（………………）
　きっとこれは、先日Maliceが多大な迷惑をかけてしまったせいだ。
　抑え込めなかった自分が、代わりに謝罪をしなければと、申し訳ない気持ちがそうさせるだけ。
　違うと言うなら何故やって来たのか。自問自答をするよりも先に、倫理子は「こうあるべき」という回答だけを思い浮かべ、その正当性を言い聞かせた。
　謝罪がしたいのは、二人の中にわだかまりが残らないようにという気遣いでは無く、自分が解放されたいからだろうことは、自覚している。
　呼び鈴を鳴らして二人がいたなら、謝ろう。いなければ、出てもらえなければ素直に帰ろう。
　会えるだなんて、許してもらえるだなんて期待はしていない。
　ただこの日を穏やかに過ごすためだと言い聞かせて、倫理子はマンションへと向かった。

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