君の音は何色を示す｜リアクション

君の音は何色を示す

　キャットストリートの一角。正確には、そこからひとつ筋を奥に入った表通りに面していない店。
　営業時間が不定期で、昼はコーヒーを夜はお酒を扱う、知る人ぞ知るといった喫茶店のシャッターが、半分ほど開いていた。
「ふむ……」
　店の様子も見せて貰った旅鴉月詠は、改めて表に出てきて両隣の建物も観察する。
　今日はこの喫茶店の店主から依頼があり、シャッターを物寂しくないようにしてほしいということではあるのだが、それ以外の指示は特になかった。
（昼の顔と夜の顔がある店か）
　コーヒー豆やスイーツ、クリームを盛られたドリンクなどをカラフルに描くのは、店の趣とは少々異なってしまうし、だからと酒樽やおつまみばかりも昼の顔に合わない。
　あまり何度も描き換えないのであれば、季節感も避けた方がいいだろう。両隣の建物の雰囲気も加味して、突如異彩を放つ空間が現れた、というのも避けたい気がする。
（となると……）
　無難なのは、シャッターが降りているとは思わせない店の入り口を描いたり、ここに新しい通路が出来たと錯覚するような風景画だろうか。しかし、あまりに溶け込んでしまうのは『物寂しい』となる気もする。
（采配は任されているが、これが閉店時の顔になるわけだからな）
　広いキャンパスにはわくわくするし、ストリートアートだなんて一歩間違えば悪戯ですまされないことも、許可を得て堂々と出来るのは楽しまなければ損だとも思う。
　せっかくSNSを見て声をかけてくれたのだ、期待に応える物も残したくあるのだが……何を描こうかひとしきり考えた月詠は思った。

――常識に縛られるのはいけないな、と。

　筆を滑らせれば、全てがキャンパスになる。
　イーゼルに支えられた平面は奥行きを持ち、ずっと閉じられたシャッターは別世界への扉を固く閉ざしているかのような重厚さへと変貌を遂げるだろう。
　シャッターに店らしさを出して宣伝をする必要も、全く関係ないフォトスポットと化しても問題ない。
　ならば、月詠に恐れる物はなく、湧き上がる好奇心のままに筆を動かすだけだ。
「やるか」
　春夏秋冬、何を描いたっていい。桜の隣に紅葉があろうが、ひまわりの隣で雪が降っていようが、季節の巡り方も気にせずに、思いついた物を描いていく。
　店内、海、誰かの部屋に学校。室内か室外かも無関係に、いくつのも小さな世界がシャッターを彩った。

　少し絵具を乾かしている間、今度は商店街の様々な扉を観察する。
　味気ない自動ドアも、木枠のガラス戸も。古き良き日本家屋の引き戸だったり、少し目をやればアパートの玄関扉も目に入った。
（外では見ないが、戸襖もドアか？　いや、今回のテーマだと障子なんかも合うか）
　スケッチブックに多種多様な扉のデザインを描きとめて、キャンパスの元へ戻る。
　そうして意気揚々と描き進め、シャッターには大小様々な扉や窓が並んだ。
　覗く景色に同じ物は無く、扉もまた、全開だったり薄く開いていたりと、開き加減で表情を変えており、ワクワクする作りになったのではないだろうか。

　いつもと同じ店の、いつもの扉。
　そう思ってくぐれば、違う世界にいることも――あったら、困るのだけれど。
「固定概念を崩さねば、新しい物はえられないのだよ」
　なんて囁きと共に、魔女によってまだ見ぬ世界へ導かれる者が現れそうなシャッターとなった。