君の音は何色を示す｜リアクション

君の音は何色を示す

　餌の改良が進み、獣医も増えて。
　猫にとって快適な環境が整えられても、人間と同じだけ生きられるわけではない。
　愛猫を看取ったことのある万条幸次にとって、猫は特別な家族であり、かけがえのない友達でもあり――絆を結ぶのに生物の垣根はないと教えてくれた、大事な存在だ。

　大あくびをひとつして、ぽかぽかと陽気が降り注ぐ屋根の上で丸くなる。
　人が簡単に登れる所ではないけれど、猫の姿なら梯子がなくたって雨樋伝いに楽々やってこれるそこは、夜には星空を眺めるにも最適な特等席で、猫になった幸次のお気に入りのひとつだった。
　もちろん、そういう種族だったわけじゃない。人として生まれ育ち、気がつけば『ろっこん』を手にしていた幸次は、猫に変身できるようになっていた。
　今では能力も随分制御できるようになって、猫の聴力を頼るのに猫耳だけ出してみたり、人と猫とのいいとこ取りをして、獣人状態で大立ち回りをすることも可能だ。
　時にはその能力を使いこなせず、暴走するのでは無いかと恐れたこともあったけれど。
（……大丈夫）
　人の時はチョーカーとして、猫の時は首輪として。常に優しく包んでくれる腕がなくても、代わりに傍らに居てくれるアクセサリー。
　うとうと微睡んだって、夜が来たって。独りじゃないと教えてくれる存在が心強かった。
　闇に引きずり込まれることはない。そんな安心があって、幸次はほんの少しだけと――気を緩めたのが、いけなかった。

『ハイ、ちゅーもく！　この図を見てください』

　カッカッと黒板を叩く音にびっくりして、幸次は飛び起きて涎を拭った。
　どうやら授業中のようでそうではなく――猫の集会であるようでのどかな空気ではない。
『やっぱり猫はスバラシイという図にゃ！』
『人型になっていいことは……チョコレートが食べられること？』
　やんややんやと議題に上がっているのは何であろうかと考える前に、黒板をよぉく見た。ボケている写真もあるが、あれは色んな形態をとっている幸次の写真だ。
（えぇ……なんで猫に晒されてるのぉ？）
　あーでもないこーでもないと白熱しながら、猫であり人でもある幸次について語っていた。
　正しくは人であり、猫になれるということなのだが、そういう細かいところは置いておいて。
「あのぉ……」
　おずおずと会話に加わろうとすると、猫たちは幸次の顔と黒板の図を見比べた。
　議題に上がっている張本人が現れたとあって、鼻息も荒く取り囲んでくる。
『二足歩行って便利かにゃ？　フツーに走った方が早くにゃい？』
「え、えと」
『このジュージンって、どう便利なの。猫だって強いでしょ』
「ああ、それは――」
　あれは、それはと質問攻めに遭い、幸次は目を回していた。

　――だって、自分でもよくわかっていない使い分けをしてるし！

　正直なところ、細かく分けすぎたとも思う。
　けれども能力が調整出来ることは悪いことでは無いし、今後役に立つことだってあるかもしれない。
（ううん……よくわかってないって、自分でわかってるのがよくないかも？）
　これは転機だ。
　自らの能力を振り返り、猫たちに説明することで自己解釈を深くし、より成長する機会なのではなかろうか。
「よ、よぉし……今日はトコトン付き合うから、何でも聞いてっ！」

　そうして日が暮れるまで朝日が昇ってもなお、好奇心旺盛な猫たちと談義した。
　猫を知り、己を知って、幸次はまたひとつ新たな発見をする。

　……この世には、解明できない謎もあるのだということを。

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