君の音は何色を示す｜リアクション

君の音は何色を示す

　その日、綾辻綾花は大変ご満悦だった。
　受験勉強に追われ、期末テストまでやってきて。教室にも寮にもピリピリした空気が漂っていたけど、そんな空気など消し飛んでしまったかのような上機嫌。誰が見たって、『いいことがあったのかな』と思うだろう。
　早川珪もそう思っていたし、綾花のことだから嬉しそうに話してくれるんだろうなとさえ思っていたのに。
「何かあったの？」
　その瞬間、綾花はぴたりと固まった。予想外の反応に、珪も同じように固まるしか無い。
　怪訝な顔をされたわけではないけれど、いつもなら顔を綻ばせて話してくれることが多いだけに、真顔になってしまわれると、続きの言葉が出てこない。
「……聞いちゃいけないことだったかな」
　慕ってくれているからこそ、言いづらいこともあるだろう。
　女心の難しさに、少し慌てて「無理には聞かないけれど」と付け加えたら、綾花はふふりと悪戯っぽく笑う。
「月曜日までの秘密ですっ！」

　――秘密。

　そう言われて、「だったら仕方ないね」と興味を失う人もいるけれど、余計に気になってしまうのが人の性。
　珪だって人の子だ、気にかけている子が意味深に笑えば、気にするなと言う方が難しい。
（クリスマスプレゼントでも買いに行くのかな。でもそれなら月曜日に答えはわからないし……）
　あれから幾日か過ぎた日曜日の午後。珪は愛車を磨きながら、綾花が言った『秘密』のことを考えていた。
　誕生日は先日祝って貰ったし、他にサプライズする物と言えばなんだろう。
　こういうとき、定番と言えば２人にとっての記念日だけど、心当たりは特にない。
「……ちょっと走りに出ようかな」
　出かけようとも、家に行ってもいいですかとも聞かれなかった今日。……彼女は一体どうしているだろうか。

　その頃の綾花は、寝子島に帰ってきたばかり。
　勉強漬けな自分たちを労ろうと、友人数人と県内でも『美人の湯』と名高い温泉施設へ行ってきたところだ。
　もちろん浸かっただけでシンデレラのように見目が変わるわけではないし、寒空の下では磨き上げた肌を晒すことも出来ない。けれども肌のコンディションは上々な今、自信を持って微笑めば珪好みの美人に近づけるかもしれないと思うと、自然と頬が緩む。
（珪さん、気付いてくれるかな）
　髪型を変えたでもないし、さすがに無理か。
　苦笑しながら家路を辿ると、見覚えのあるタンポポ色のレトロな車が、ゆっくりと横に止まった。
「やっぱり、綾辻さんだ」
「……珪先生!?」
　会えると思っていなかった休日に、彼から声をかけてくれた。
　それはとても嬉しいことなのに、綾花にとっては心の準備をしていなかったためか――鞄を後ろ手に隠し、少し大人びた笑みを見せる。
「綾辻さんは、おでかけ？」
「ええと、その……受験勉強の息抜きに、ちょっと」
　さりげなく髪を耳にかけて、普段の天真爛漫さを潜めて。
　美人に見えていたらいいなと願って、おすましをしてみたのだけれど。
「そうなんだ。楽しめた？」
　まったくもって、珪は平常通りだった。
　そりゃあ、美肌になったのを気付けというのは無理難題ではあるが、仕草から何か感じ取ってくれてもいいのに。
　むぅ、っと口を尖らせたいのを我慢して、珪を見上げる。すると、彼はそっと顔を寄せた。

「……僕のことなんて、忘れてたかな」

　触れそうで、触れない距離。
　囁くなら耳元で良かったはずの唇は、頬を掠めるようにして離れていった。
　こんなことを冗談半分でする人ではないのに、「なんてね」と笑う顔が憎らしい。
　その苦笑は、言葉と行動のどちらにかかっているのだろう。
「忘れるわけないです」
　だから綾花も悪戯に微笑んだ。
　今の言葉の返事とも――夏の思い出と重なる仕草に対してともとれるように。

　ちょっとは気にかけてくれていただろうか。それとも、本当に温泉の効果があったのだろうか。
　乙女は秘密を持って、美しくなる……かもしれない。

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