君の音は何色を示す｜リアクション

君の音は何色を示す

　暗闇が怖い。
　それ相応の理由があってのことだけれど、鴻上彰尋にとっての『闇』は根深くその心に刻まれていた。
　閉じられた空間そのものもそうだし、どこへ逃げても自分を覆い隠すように立ちはだかる存在が、自分を黒く塗りつぶしてしまうように影を落とす存在が恐ろしくてたまらなかった。

　忙しくしているけれど優しい母と兄がいて。
　ある意味で手が掛かる年頃だけれど、可愛い弟妹もいる生活は満ち足りている。
　学校に通えて、進路だって不自由なく選択できた。……そこに葛藤や決別してきたものもあった。

　不幸だと思ったことは無い。
　真っ白な画用紙と、24色ものクレヨンを持っていて、描けない物はないと信じていた。
　サラサラと描ける色鉛筆や、色を簡単に混ぜられる絵の具が羨ましくても。
　……時折、黒いペンキが降り注ぎ絵を消してしまっても。
　新しい画用紙はあるのだと言い聞かせる。それを不幸と呼びたくは無かった。

　ポストカードサイズの画用紙を前にして、彰尋は考える。
　隣では、すでに七夜あおいが作業にとりかかっていて、６色ほどのクレヨンを豪快に使って懸命に塗り込んでいた。
　今日は期末テストの勉強にとアウトレットモールのブックカフェに来てみたら、スクラッチアートでクリスマスカードを作ろうという催しを見付けた。
　スクラッチアートとは、思い思いの色で用紙を塗りつぶした後、その上からさらに黒のクレヨンで塗りつぶして、竹串などでひっかきながら黒いクレヨン部分を削り取って描く技法のことだ。
　仕上がった絵を見ても、これと決めて下地を塗り込んでいることはないし、深く考える必要はないと思う。
　だけど彰尋は、描き始めるのを躊躇ってしまった。
「どうしたの？」
「いや……迷う、というか」
　何を描こう。何色を使おう。
　わくわくする響きのはずが、どうにも気が進まない。

　――結局は黒く塗りつぶされてしまうのに。

　そう思うと、なぜか気が引けた。
　別に何かを思い出したでもないけれど、奥底に眠っている苦手意識がそうさせたのかもしれない。
「こういうのは直感だよ。何が出てくるかわからないから楽しいと思う！」
　例えばツリーがオレンジ色になってしまったって、サンタクロースがアロハシャツみたいに派手な色をしていたって。忘れていた色が浮かび上がるのも楽しんでしまえばいいと笑うあおいは、何も恐れていない。
　間違ったっていいんだと、間違いなんてないんだと。
　カラフルな世界が１度閉じてしまったって、そこが終わりではないんだと――教えてくれている気がした。
「……そうだね」
　始めはさっと、それから丁寧に塗り込んで。
　これらは消えてしまうけど、失うのではなくて。自分には見えない、新しい世界なのだろうか。

　黒いペンキは、また降るかもしれない。
　地に固まってこびりついたものは、消えてくれないかもしれない。
　何度も描いては塗りつぶされることを繰り返せば、また消されてしまうんだろうなと思いとどまってしまうことが増えた。何も描けなくなった画用紙を、しわくちゃになりそうなほど握りしめて、諦めていたけど。

　黒くなったからこそ浮かび上がる景色があると教えてくれた。
　光りだって強ければ痛いだけなのだと、気付かせてくれた。

　そんな君は、まだ眩しい存在だけれど。
　いつかこれが、『優しいね』と笑えるときが来たら。

　隣で笑い合うことが、イレギュラーではなくなる。