はこづめ。｜リアクション

はこづめ。

　お互いの存在に気づき、愛猫萌々子と万条幸次は気まずい雰囲気になっていた。狭い箱の中、一緒に詰められているのは彼女である萌々子なので少し気が楽だ。それと同時に戸惑ってしまう。
　付き合い初めて数カ月、進展は本当に微々たるものだ。
「あっ、先輩っ」
　萌々子の焦ったような声に、はっとした。　どうやらバランスが悪かったらしく、こちらに倒れ込んで来る。
「愛猫さん！」
　とっさに抱き締めると、すかさず彼女もぎゅっと抱き締めて来た。
「先、輩」
　受け止めたはずが、どさくさに紛れて力強く抱きつかれてしまった。
メガネを外した瞳、上目づかいで見つめてくる萌々子。
「先輩、温かいですね。それに良い匂い」
「！」
　幸せそうに言う笑む萌々子に、どきりとしてしまった。
「あ、汗臭いかもしれないから、少し離れた方が」
「いや、ですか？　実はちょっと怖いんです……」
　その言葉にはっとする。こんな狭い空間にいきなり閉じ込められて出られないなんてことになって怖くない方がおかしい。
　幸次はその発言に彼女の頭に手を置いた。
「大丈夫、必ず出られるから」
　優しく撫でる。サラサラのロングヘア、シャンプーの香りが鼻をくすぐる。
「ふふ、先輩優しいですね」
　胸元にすりすりされるとさすがに恥ずかしい。
「愛猫さん、脱出の方法考えよう。少し離れてもらえる？」
　少し残念そうに、渋々体を離した萌々子は体勢を変えることにした。今度は上体を起こし、幸次に対して横に足を向ける。
「ええっと」
「またバランスを崩したら嫌なので失礼します」
　首の後ろに手を回す。
　お姫様抱っこ！　萌々子はそう心の中で叫んだ。やはり憧れがあるわけで。
　見ると、幸次も少し顔は赤いがまんざらでもなさそうで少しほっとした。
「猫、みたいだね」
　幸次が萌々子の膝下に手を持って行き、萌々子の体を少し浮かせた。このまま立ったら完全にお姫様抱っこだ。
「先輩、力ありますね」
「さすがに男だし女の子よりは力あるからね」
　と、その時。
「あ」
　幸次が妙な声を出した何かを発見したのだろうか。
「愛猫さん。その……出られる条件が見つかったかも」
「本当ですか？」
　幸次はすっと息を吸って、彼女の両頬に両手を添えた。
「え？」
　幸次は軽く、萌々子の額に唇をつけた。
「！」
「うん、これで」
　壁に書いてあった条件は『ちゅーしないと出られません』だったはずだ。ちゅーの場所は指定がなかったので、これで問題ないはず、だったが。
「……」
「……」
「何も起きませんね。あっ」
「何！？」
「１０秒間ちゅーをするらしいです」
「ええっ」
　勢いだったので、３秒もなかったはず。
「ここは仕方ないですね」
　萌々子がぎゅっと幸次の服を掴んでくる。
「ま、待って。でもこんなところで」
「誰も見てない、脱出のためにしないといけない、そして恋人同士！　しない理由とは？」
（それはもう、別のこと考えちゃうっていうかさ）
「大丈夫です。すぐ、終わりますよ」
「そ、そのセリフ、どうかと思う！！」
「なら、先輩がしてくれますか？」
　紅潮した頬、萌々子のブラウスが少しだけ汗で濡れていた。幸次は必死に自分の理性を働かせる。
（心の準備を。ああ、やばい、落ちつけー！）
　心の中で何度も叫ぶ幸次だった。

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