はこづめ。｜リアクション

はこづめ。

京極花音は目を覚ますと同時に固まった。柔らかくて暖かい何かが自分に覆いかぶさっている。花音の体勢はというと、床に座り込んで壁に背をもたれている状態。とは言え、狭い場所に押し込められているらしく、膝は立てた状態だ。
「ううん……すうすう」
　覆いかぶさっているもの、それは女性のようだった。しかも意識がないというか寝息を立てている。
（いやいや、どちらさま？　この状態ヤバいだろ）
　幸いなのは自分が上ではないことだろうか。
　しばらくそうしていると、寝息が止んだ。
「んん」
　どうやら目を覚ましたようだ。
（そうだ、寝た振り）
　慌てて目を閉じる。先に目を覚ましていたと分かると、あらぬ誤解を招きそうだ。女性が身体を起こす気配。
「お花屋さん？」
　その声にはっとする。
「！？」
　目を開けると、近距離でこちらを不思議そうに見て来る暁月静の顔が。手を壁について、体を起こしたようだ。いわゆる壁ドンである。
「は、え……いや」
「やっぱり。こんにちは」
　にっこりと微笑む。
（かわいい。……じゃねえだろ！）
本当にそんな場合ではない。
「どもッス。あの、なんか閉じ込められたみたいで。何か知ってますか？」
「閉じ込め？　……本当、上手く動けないみたい」
　彼女のロングヘアが揺れるたび、ふわりと香る花の匂い。徐々に顔が熱くなり、心音がうるさくなっていく。きっと聞かれてしまっているが、異常な状況なので触れないでくれると良いのだが。
「あの、お花屋さん」
「なんスか」
　どきりとする。
「その、足を閉じたいんですけど」
（う……）
　彼女は立てた右膝を跨ぐような体勢だ。少し辛そうである。
「い、今退くっす」
　どうにか膝を伸ばして、彼女の間から足をずらす。無理な体勢になりつつも上手く動くことが出来たようだ。
「ありがとうございます。あの、そこの壁に何か書いてありませんか？」
　見ると、確かに文字が書かれていた。
『箱から脱出するためには』
　ここから解放される条件のようだ。
『お互いチューして下さい』
「ベタだな！」
「なんて書いてありますか？　ここからだとよく読めなくて」
「いや、その」
　この場でキスをしましょうだなんて、言えるわけがない。
「きゃっ」
「え？」
　両腕で支えていたところ、バランスを崩してしまったようだ。
「うわっ」
　覆い被さってきた静、最初の体勢に戻ってしまった。
「うう、ごめんなさい」
　胸に飛び込んで来た彼女の体をどうにかキャッチしたが、今度はシャンプーの香りにドキドキする。そして胸元に柔らかい感触が。
（やばい。変な気分に）
「……」
「ど、どうしたんスか？」
　突然黙ってしまった彼女を心配すると、
「お花屋さん、動かないで下さいね」
　すっと頬に手が触れた。
「な、なんスか！？」
　抱き締めているので顔は見えない。しかし、彼女の顔が横を向いた。その瞬間、軽く唇がもう一方の頬に触れた。
「！？」
「いきなりごめんなさい。書いてあったので」
　少しだけ恥ずかしそうにいう。どうやら体勢を崩したおかげで文字が見えたらしい。
「お、俺もちらっと見えたんスけどね。……すいません」
　躊躇っているうちに彼女に「ほっぺにちゅー」をされるなんて。
（脱出のためだから、あんまり考えてねえってことなんだろうけど）
　男らしく自分から行けなかったこと後悔した。
（情けねえ）
　と、再び体を起こした彼女がじっとこちらを見ていた。
「あ、ああ。すんません。これで出られそうっスね。ありがとうございます」
「お花屋さん、多分ですけどお互いチューなので」
　一瞬頭が真っ白になった。そこでようやく気付く。
「もしかして俺も！？」
「多分」
　顔が熱くなってきた。
（ま、マジか。この体勢なら唇……待て。こんなところで良いのか？）
　思いが通じてこそのキスではないだろうか。
　散々悩んだ末、
「顔、少し近づけてもらえますか」
「お願いします」
　吐息がかかるくらい近くに。
「脱出のためッスからね」
「ええ、分かってます」
　にっこりと笑う。少しだけだが残念だ。何か感じてもらえないだろうか、と。
「失礼するッス」
　花音は彼女の耳の辺りに手を当て、もう一方の手で額の髪をずらし、そっと唇をそこにつけた。
（うう、はずい）
　その瞬間、蓋が外れ、外の光が漏れて来た。どうやら出ることができるようだ。
「すいませんでした」
「別に嫌じゃないですから。でもお花屋さんでよかったです」
「え」
　箱の外に出ることは出来たが、その言葉の意味を聞くことは出来なかった。　

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はこづめ。

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