なぜならそこに浪漫があるから｜リアクション

なぜならそこに浪漫があるから

　学生だって、それなりに忙しいものだ。
　バイトをしていないからと言って時間に余裕があるわけでもなく、進路に焦りを抱いてないからと心が穏やかなわけでもない。
　普通や一般的といった言葉には縁遠い朝鳥さゆるの毎日も例に漏れず、学校から帰れば家事が苦手な同居人の代わりに作業して、少し物思いに耽れば恋人に揶揄われて……それなりに、一緒に暮らす姫木じゅんに振り回される日々を送っている。
　不服はない。けれど、未だ慣れない幸せは、さゆるに落ち着く暇も与えてくれない。

　気付けばもう冬の足音が聞こえる頃だ。
　じゅんの部屋だったここは、２人で暮らす部屋に少しずつ変わっていって、寝泊まりするだけの場所ではなく生活感が出てきた。
　とはいえ、足りない物はまだまだある。特に予定もない休日の今日は、どこかへランチに行って、調理器具や生活雑貨でも見てみようか。それとも、昼食はあり合わせで作れそうだし、掃除をしながら棚の奥で眠っている物がないか探してみるのが先決か。
　ちらりとじゅんへ目をやって、希望を聞こうとするのだけれど。……なぜか、改まって声をかけるのは恥ずかしい気がした。
　どこかに出かけたいと言うのも、じゅんがイベントを見付けてきて誘ってくることが多い。それに今回はデートと言うより、２人の生活を整えるための買い物が目的だから、なんというか。
（……新婚生活の準備、みたいね）
　一緒に暮らしてどれだけ経つというのか。そうは思っても、先日も挙式の真似事をしたりとあって、色々あったのだ。意識してしまうのはどうしようもない。
　初心な側面を見せるさゆるを、遠目に見守るほどじゅんも優しくはない。声をかけようかと様子伺いをしていたこともあって、すぐに気付かれ揶揄われてしまうだろう。
　少しばかり観念して、さゆるは飲み物でも取りに行く素振りで立ち上がった。まだマグカップには、半分ほど飲み物が入っている。
「ねえ、さゆる」
「……なに？」
　やはり、少し不自然だっただろうか。
　だとしても、今暫くは素知らぬふりを通すしかない。
「いまこうして、あたしたちが恋してるって、浪漫を感じない？」
　妙に真面目な顔で、なんと言っただろうか。
「浪漫……？」
　まさかと思って反復すると、「そう」と頷き返された。
　今期のアニメの話かと思いながら、そっとさゆるは自分を指し、ゆっくりとそれをじゅんへと向ける。
「浪漫でしょ？」
　にっこりと笑うじゅんに、むず痒い気恥ずかしさが全身を駆け巡った。
　そういうのも、あるだろうけど。だからって改めて口にされたって――困りはしないけど、何と答えていいのかわからない。
　マグカップを両手で握りしめて俯くさゆるに、赤い頬を隠す手段は無く。面白がって覗き込んでくるじゅんに反撃することもできずにいた。
「盛大に紆余曲折あって巡り会った２人！　そこから何悶着とあって結ばれる２人を、浪漫と呼ばずして何と呼ぶってね」
　揶揄いの気持ちは大きくても、全てが嘘でもないのだろう。
　さゆるだって、自分には無縁だった『誰かを大切に想うという感情』を取り戻せたなら、少しずつ恋から愛に昇華させることができたなら――判るかもしれないと、思うから。
　だからきっと、じゅんと同じ気持ちであるはずだ。
　言語化するのが難しい気持ちも、余すこと無く伝えられるなら――口づけから、始めてみようか。

このページにイラストを設定する