なぜならそこに浪漫があるから｜リアクション

なぜならそこに浪漫があるから

　たったひとつの絵が多くの解釈を生むように、たったひとつの言葉も人それぞれに受け取り方が違う。
　どちらも解説や辞典に『正しい』意味合いは記されているが、それも時代を経て一般認知と異なってくると、新たな文言が追加されるということも珍しくない。
　自身の描いた絵を前に、旅鴉月詠は考える。
（辞典でさえ目安でしかない……ならば答えは、どこにあるだろうか？）
　ライブドローイングで観衆の声に耳を傾け描くのも楽しそうではあったが、今回はテーマに沿って数枚の絵を用意した。おおよその人が連想するであろう『浪漫』を凝縮した物だ。
　反応は恐らく、投稿し呼びかけるＳＮＳによって異なるだろう。利用者の年齢性別、趣味嗜好が異なるが故、同じ商品の販促でも場所ごとに写真や煽り文を変えるというのはマーケティングを見ていればわかる。
　ただ今回は、明確な分析が目的ではないので、ある程度予測の上で遊んでみるのもまた一興。
　馴染みのあるＳＮＳで流れる文字の中に、ポンとひとつ絵を投げ込んでみた。

　――そこに浪漫はあるだろうか。
　切り立つ荒地の山の頂を目指す登山者が、薄紫の雲海が立ち込む中で夜明けを待っている絵だ。
　目に付いた物が気軽にコメントを残せるよう、アンケート機能で『ある』か『ない』かを表示させてみると、直感的な反応が少しあったようだ。それでも、突然の問題提起に絵は文字の海を流れゆく。
（ふむ。少しタグなども意識してみるか）
　続いて同じようにして、２枚目の絵を投稿した。
　山は山でも、パフェの山であればどうか。先の冒険心とは違ったわくわく感があるのではないだろうか。
　そそり立つ生クリーム、アイスとフルーツ……テーブルには他にもスイーツがあって、食べたいと食欲をそそられる者も、これだけの量は冷静に考えれば食べられないからこそ、憧れのシチュエーションとなるはずだ。
　無言の反応はある。２枚の絵に問いかけられた視聴者は、どちらが好みか、浪漫とは一体なんだったかと考える切っ掛けに、自分の思い描く浪漫がなんだったかを空想しているだろうか。

　――そこに浪漫はあるだろうか。
　３枚目は、何らかの運動後の風景。一見では青春とも言葉が浮かぶ男女の絵。
　しかし、汗を拭う男子生徒は運動着で、腕に引き上げられたシャツは浮かび腹筋等がチラリと隙間から覗いている。対する女子生徒は制服で、ハンカチを差し出す仕草で前屈みになった際、躍動感あるスカートが健全を死守しながらも太腿には絶対領域が展開している。
　見れば見るほど細かなところに「おっ」と思わせる『浪漫』をねじ込んだ１枚だ。前振りで盛り上げていたこともあり、アンケートなどの反応も上々で月詠は予想通りと言ったように笑みを零す。
　続いて王道ファンタジーＲＰＧのゲームブックに目を輝かせている子供、それから白紙のキャンパスと向き合う画家の絵を投稿した。

　この５枚の絵は浪漫をテーマに描かれたが、気付いた者はいるだろうか。
　当たり前にあるのに普段見ることのできない物に憧れ、見ようとする冒険心
　実現が困難であると知っていても、その先へと夢見て過程に楽しさを見いだす遊び心。
　そのどれもが浪漫であり、現実を見ることと同じように失ってはならない心だと、月詠は思う。
（……まあ、票が入っているだけよしとするか）
　近くに置いてあった飲み物でひと息をつく。どうしたって情報拡散には時間がかかるものだ、のんびり待っている間にもう一枚書こうかとスケッチブックに手を伸ばす。
（そうだ、夢見る乙女……というのもいいな。夢を手にするのは浪漫ではないかな？）
　案を起こすのにいくつか書き留めていると、ＳＮＳの通知音がする。
『どれも素敵な浪漫ですね！　作者さんが１番を決めるなら、どの浪漫ですか？』
「１番……？」
　人に意見を聞くならば、まずは自分からということか。
　納得したように月詠は投稿した絵を見比べるが、やはり『何故』と説明するのは野暮な気がした。

　――私は解を提示する魔女だ。解へ導くための公式は１つではない。
　　　価値はそれぞれに違うからこそ、意味がある。
　　　解を提示した私が決めることではなく、感じた者が決めることだと……思わないか？

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