なぜならそこに浪漫があるから｜リアクション

なぜならそこに浪漫があるから

　裏方の仕事だとか、売れない劇団員のお小遣い稼ぎだと笑われた時代を経て、今や人気の職業となった声優。
　認知度が上がるほど、夢を食い物にするビジネスが蔓延るようになり、輝いている面ばかりでないことも広く知られるようになったが、それでも門を叩く若人は後を絶たない。
　寝子島アニメーション学院の稽古場でスポーツドリンクを飲む落合まゆらもその１人で、もちろん卒業公演に向けて集まった同期も同じ夢を描いている。
　たった２年という鍛錬の期間すら走りきれず、挫折した者も見送った中――ここまで残った者は、それだけでライバルとして立ちはだかることになろう。だが、長く共にいたからこそ、気心の知れた友でもあるのだ。
「今の流行りかな、秋アニメはほんわか料理物が多くて、熱い浪漫が感じられないんだよね」
　ぼんやりと零した誰かの言葉に、同意が続く。
　幼い頃に見たあのシリーズのようにとか、声優を志す切っ掛けになった作品のようにとか、それぞれが感じる浪漫について白熱した討論が始まってしまった。
「まゆらは？」
「そうだな……浪漫、浪漫と言えばやっぱり」
　外せない名作のタイトルは出たし、様々な解釈での浪漫も語り尽くされた。それでも、まだ大切な浪漫は語られていない。
「あたしらの人生って、浪漫に満ちてるよね！」
　普通の人には少し青く照れくささの滲む言葉かもしれないが、まゆらは得意げに言ってのけた。
　芝居がかった様子も無く、面白いことを言って場を沸かせようというでもない。ただ純粋に、自分の進む道が煌めいていることを信じているようで、同期は一瞬呆気にとられた。
　確かに浪漫とは『夢や冒険に憧れる心』を指す。であれば、声優はそんな物語の一助をすることは出来るだろう。けれど、憧れているばかりではチャンスを掴めないし、夢で終らせたくないという思いを、不確かな響きの言葉に重ねていいのかと戸惑う者もいるようだ。
「浪漫と言えば……そうだけど」
　しっくりこない様子の同期は、解釈が違うのかもしれない。でも、まゆらはそれを否定しない。
　同意がなければ間違っているということでもないから、まゆらは「あたしが思うに」と気にせず続けた。
「誰かに生命を吹き込めるなんて、それ自体が冒険そのものだと思うんだよね」
　魔法少女にも聖女にも、悪役令嬢にもギャルにも獣人にも。時代も国も、理の全てを越えてなんにでも。そんな世界を目指す道のりも波瀾万丈であれば、掴み取ったその場所でキャラが活き活きと生きていけるか、ハリボテの死人となるか……キャラクターの人生をも左右する。
　自分の浪漫も、キャラの浪漫も声ひとつ、演技のさじ加減ひとつで行き先が変わってしまうのだ。
　嬉々として語るまゆらは、熱くなりすぎたかとスポーツドリンクを煽る。
（あたしは浪漫を手にした……そこへ行く、チケットは持ってる！）
　目の前の課題をこなすことだけに夢中になっていた同期は、意外な視点を聞いたと言うように笑ったり、逆に当たり前過ぎて浪漫ではないと難色を示す者もいた。

　解釈は違っていい。
　卒業公演の本読みでもそうだった。台詞のニュアンス、照明のタイミングでぶつかり合って。どれが正解とするか先輩の公演も見比べて、出した答えを監督である講師に訴えて。
　思った通りに演じられてスカッとすることばかりじゃない。解釈違いの指示に不服を飲み込むことだって必要だ。プロとして求められるのは、反論では無く信念を持った意見と柔軟でブレない演技力。

　各々の浪漫で語り合って意見が割れても、ひとたび同じ演目に立つとなれば調和する。
　それが、ここまで生き残った卵たちの――セミプロとしての力。

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