寝子☆刑事（ねこデカ）！｜リアクション

寝子☆刑事（ねこデカ）！

（ぼくはあまりハードワークとかしたくないんだけど……）

　それに先んじること、少し前。
　
「ねこねこキャット便」と書かれたワンボックスカーの中で、月原想花はじっと息を殺していた。
　宅配便の配送車というのは全くのダミー。中身は捜査のための道具と、さまざまな電子機器で満載の、覆面パトカーであった。
　
　清恋に負けず劣らず、彼女も徹夜だ。
　激甘コーヒーとブラックコーヒーのチャンポン「刑事スペシャル」を片手に、彼女はじっとイヤフォンに耳を押し当て、監視カメラから送られる画像に見入っていた。
　
『わたしわたし詐欺』

　最近寝子島で件数が拡大しつつある、詐欺事件の一種である。
　通信機器を利用した詐欺は、機器の複雑化にともなって、爆発的にバリエーションが増加している。
　そうした詐欺の一種だが、多発するそれらの事件は同一犯の可能性が高く、想花を含む捜査チームは、丹念に犯人の姿を追っていた。
　
　そうして、このビルに主犯格がいるらしい……との情報を掴み、盗聴を開始したのだ。
　電子機器に通暁した想花、この仕事にうってつけだった。
　だが、まてど暮らせど、相手は尻尾をつかませようとはしなかった。
　待つのが警察の仕事とはいえ、ヒマではない。
　折しも昨晩は、大規模な帳場が立ったばかりだ。
　見込みのない詐欺の監視は想花ひとりにまかせて、チームの主力は一旦愛猫誘拐事件に参加、もしことあらば連絡をすること。
　
　というわけで、彼女は一人でビルの監視に励んでいたのだ。
　
　コンビニの袋からあんパンを取り出し、一口囓り取る。
　コーヒーで流し込むと、一気に頭が活性化する。
　
（もう少し……もう少しだけ）

　手元のモバイルを捜査しながら、視覚と聴覚に集中する。
　なにかの予感が、彼女にはあった。
　空想好きで臆病な彼女、その動物的な直感がなせる技か。
　それともいわゆる、女の勘というやつか。
　いずれにせよ、このままで終わるわけはないという、みょうな直感が、彼女を突き動かしていた。
　
　――と。
　
（……金は、そのままメキシコドルに……）

「！！」

　想花の眠気が、一気に吹き飛ぶ。
　
　ついにビル内での会話が捉えられたのだ。
　
　だが……。
　
　じわりと汗が滲む。
　
（香港が動いている。やつらに旨い汁をすわせる訳にはいかない･･････）

（最高の上物だ。これさえあれば、国一つ麻薬漬けにできるぜ･･････）

「――何？」

　思わず声が漏れる。
　
　タダの詐欺事件ではない。
　
（――！！）

（――――――！！）

　罵声。
　
　怒号。
　
　あきらかに日本のものではない、奇妙な外国語。
　
「何？　何？」

　想花の脳裏に、ネットで調べた情報が飛び交う。
　
　近年、日本の大規模な市場を狙い、アジアや南亜のマフィアが手ぐすねをひいていること。
　その橋頭堡として、首都圏にほど近い、さびれた場所が選ばれるということ。
　
（まさか、あのビルは――）

　震える手で、モバイルフォンに手を伸ばす。
　
　たかが詐欺事件、と侮っていたら、とんでもないくじを引き当ててしまった。
　