寝子☆刑事（ねこデカ）！｜リアクション

寝子☆刑事（ねこデカ）！

　午後2：58　寝子島、旧市街。
　

　中心部からそれほど離れていない一隅。
　誘拐犯たちが引き渡しに指定してきたのはそこだった。
　猫の飼い主、中村家の人間がボストンバックを片手に、犯人からの接触を待つ。
　ボストンバックの中には、犯人の指定してきた現金百万円。
　
　そこから離れた物陰で、時治郎たち捜査一課のメンバーは様子を伺っている。
　鳴り物入りでやってきた、星山班の神奈川県警察のチームは、そこにはいない。
　なにやら別件が入ったとかで、そちらの処理に回ることになったらしい。
　
　＊

　事件が急に進展したのは、昼過ぎになってからだ。

「引き渡しは一時間後だ。…」

　一方的な連絡が中村家に入れられた。
　現金で百万、今すぐ用意しろ。
あまりにも急な連絡のため、逆探知は失敗。
　犯人とのコンタクトは、引き渡しのタイミングに集中することになった。

「今時現金とは……」
　時治郎は唸る。
「足のつきにくいのは、昔も今も現金だろうな……」
　最近だとダークウェブ経由で電子マネーという手もあるだろうが、相手の要求は現金だった。
　取引で直接顔を合わせるリスクを回避するためネットを利用するケースも増えているが、そういった場合はプロバイダに連絡することであっさり相手が判明することもある。
　現金は、一番クレバーな手段といえた。
　
「それにしては、腑に落ちないな……」
　時治郎は考える。
　今回の犯人、周到と思えば妙に素人臭い。
　金持ちの猫を誘拐するというのは、案外うまいやり口だ。
　海外では、何千万という身代金を猫に払ったこともある。
　星山によってでっち上げられた捜査網でも、まだ手がかりがつかめない。
　
　その反面で、急に百万円という安金で取引を成立させようとする。
「どういうことだ……」
「何も考えていないんじゃないか」
　いつの間にか時治郎と気安くなった星山が、彼に話しかける。
「そうかもしれねえ……だが、あまりにもバランスが悪い……」

　その時、星山の携帯が鳴った。
　
「はい、こちら星山――何？」

　その顔色が変る。
　
「どうした？」
「大変だ……猫の誘拐は、あんたらにまかせた！」

　言うなり走り出す星山。
　
　電話の主は、想花。
　ケチな詐欺の調査をしていた彼女、とんでもないヤマを見つけたらしい。
　寝子島に触手をのばす犯罪シンジケートの存在は、星山以下、警察の上層部でも僅かな人間しか知らないことだ。
　まさか、この一件でそれにぶつかるなんて！
　
　星山の心からは、出世のことも、名声のことも吹き飛んでいた。
　正義に燃える刑事の心――そんなものもなかった。
　
「ひいいいいいいい！！」

　ただただ、彼はテンパっていた。
　

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