寝子☆刑事（ねこデカ）！｜リアクション

寝子☆刑事（ねこデカ）！

梓時治郎は夜の海を見ていた。
潮風が強く吹き付けてくる。空に浮かぶ満月を、ちぎれた雲がかすめてすっ飛んでいく。
霧笛が響く。彼方の横浜港のサーチライトがエフェクトをかけたように滲んだ。

「･･････チッ」

　時治郎は舌打ちを漏らした。
　首筋の辺りが妙にざわつく。
　
　こういうときは碌なことが起こらない。
　かつて「壬生狼」と呼ばれ、京の街にて荒事をこなしていたころから、そうだった。
「人喰い時治郎」の物騒な二つ名を賜ったことがあるが、用意周到、臆病なくらいの冷静さが、おのれを生き延びさせてきた。
　そのけものじみて鋭い第六感は、この平和な寝子島でもすこしも衰えることはない。
　
　たぶん、これから先は面倒に巻き込まれる。
　
　本来ならここで煙草の一本でもふかすのだろうが、寝子島でもどこでも矢鱈な健康志向、どこでもしけもく一本落ちていないような薄気味悪い清潔さで、メンソールの一本も手に入れることはできない。
　
　いつの間にか、万事がお行儀よくなった。
　薄汚い刑事のいる場所なんて、もうどこにもないのかもしれない。
　
　畜生奴！
　
　今回の捕物は、猫の誘拐。
　くだらねえ、俺たちは保健所じゃないんだぞ……と不満を隠そうともしない若手たちを尻目に、時治郎は着々と準備を進める。
　誘拐事件が凶悪化する礼は枚挙に暇がない。
　被害者に何事かあれば、警察の威信に関わる。
（いや、そんなものはどうだっていい……）
　どんな場所であっても、おのれの正義を貫き通す。
　かつて「誠」の旗の下に集った剣士の、それが信念であった。
　
　その時、手の甲に固い感触が当る。
　時治郎はニヤリと笑った。
（こ奴の出番がないのに、こしたことはないが……）
「椿丸」とまでは行かないまでも、これにしても立派な獲物だ。
　こいつがある限り、何処へ行っても、どんな姿であっても、己は己の信念を示せる。
　
「力は正義じゃねえ――だが、正義にには力が必要だ･･････」

　ビュウと、潮風が時治郎のコートを煽った。
　
　その瞬間、パッと寝子島警察署の方が明るくなった。
「なんだ、神宮球場でヤクルト戦でも始まったか？」
　軽口を叩く時治郎。
　だれか、署に客が来たらしい。
　
　どうやら本当に、この事件、タダではすまないかもな……。
　
　引き返す時治郎。
　その顔には、京の街で恐れられていた頃の、獣の精悍な面差しがあった。

このページにイラストを設定する