ハッピーバースデー！　１１月☆｜リアクション

ハッピーバースデー！　１１月☆

　　　11月18日　金曜日・その二

　その日、リリエル・エーテライトがいつも通り出勤すると、今日は休みでいいよ、とマスターに言われた。
「えっ？　な、何でですか？　今日、お店はお休みですか？」
　リリエルはきょろきょろと店内を見回す。しかし他の店員は、いつも通りに開店の準備をしている。
　リリエルは急に不安になった。何かミスをしたろうか、それでクレームが入ったりしたんだろうか、と。
　だがマスターは目を細めながら、今日は誕生日だろう、と言った。
「誕生日……はわわ！　そういえば、そうでした！」
　忘れてたのか、とマスターはまた笑った。
「誕生日……でも、誕生日って何をすれば……」
　急に休みを貰っても、既に夕方だ。どこかに出かけるわけにもいかない。
　そういえばつい十日ほど前、店で自分の誕生日を祝った客がいた。その客自身は途中で姿を消し、予算オーバーして飲み食いした他の客たちが料金を請求されるという顛末があったのだが、あれは楽しそうだったな、とリリエルは思った。
　マスターもそれを思い出したのだろう、好きな料理を作ってやろうと言ってくれた。
「本当ですか？　えっと、それじゃあ私、マスターのパフェが食べたいです！　星幽塔のあちこちで採れたフルーツをふんだんに使ったパフェ食べてみたかったんです！」
　マスターはお安い御用だ、と言って早速調理にかかった。
　同僚からはテーブルに座れば、と言われたが、リリエルは敢えてカウンター席を選んだ。料理人として、マスターの手際をよく観察したかったのである。
　やがて運ばれてきたパフェは、一番上に色とりどりの果物を花のように乗せ、その下にナッツ、アイス、クリーム、ムース、それにジュレといった様々な材料が何層にも重なっていた。
　この「花」は、季節によって種類が変わり、コアなファンは毎月やってきては堪能しているという。何しろ去年の十一月と今年の十一月では、明らかにデザインが違うという懲りようなのだ。
　ただ、果物の種類が多いだけあってお値段もそれなりで、リリエルは今まで手を出せないでいた。
「わぁ……流石マスター、すっごく綺麗で可愛らしいパフェです！　食べるのがもったいなくなっちゃいそう。でも食べなきゃですね。えへへ。では！　いただきます！」
　リリエルは細長いスプーンで、果物を掬って口に入れた。それから果物の間のクリームに、器用にスプーンを差し込む。
　フレッシュで瑞々しく、甘すぎず、カリッとしてふわっとして――あらゆる味と食感が交互に口の中に広がる。
「んー！　すっごく美味しいです！」
　マスターはにこにこ笑って見ている。彼も料理人。客が自分の作ったものを美味しそうに食べてくれるのが、何よりの楽しみなのだ。
　ことり、とパフェの横にグラスが置かれた。同僚が「奢り」とぼそりと言って、去っていった。パフェの味を損なわないよう、砂糖の入っていない紅茶である。
　すると今度は常連の老人が、
「今日は休みか？　え？　誕生日？　そりゃめでたい！　マスター、この子に――っと、飲み物もデザートもあるか。じゃ、カニ玉チャーハン！」
と差し入れてくれた。
　他の客も次々に声をかけてくれ、中にはどこかで手に入れた花をリリエルの髪に飾ってくれる人もいた。
　最高の誕生日だ、とリリエルは思った。しかも全て――紅茶以外――マスターが作ってくれた。こんなことは、滅多にあるものではない。
　しっかり味わって、味の秘訣を勉強しようとリリエルは決めた。
　いつか自分でも作れるように。
　きっとそれが、今日という日の恩返しになるから――と。