ハッピーバースデー！　１１月☆｜リアクション

ハッピーバースデー！　１１月☆

　　　11月9日　水曜日

　こげ茶のワンピースに黒いカーディガンを羽織り、長い髪を外に出す。ベレー帽を頭に乗せ、ちょうどいい位置に調節すると、仙藤紫は頷いた。
「よし」
　部屋を出ると、妹の仙藤蒼が目を輝かせて駆け寄ってきた。
「お姉ちゃん可愛い、綺麗！」
「ありがとう、蒼。あなたも可愛いわよ」
　姉とは対照的に、蒼はラフなシルエットのデニムパンツを穿いている。ロールアップした足首には赤いショートソックス。頭には紫とお揃いのベレー帽だ。
「お姉ちゃん、お誕生日おめでとう！」
　そう言って蒼が差し出したのは、小さな箱だった。恭しい手つきで、さながら恋人のごとくその箱を開けると、中から現れたのは青いブローチだ。
「まあ、これ」
「カメオだよ。ストーンカメオってやつ。瑪瑙の」
「これ……高かったんじゃないの？　お小遣いで足りた？」
「大丈夫大丈夫」
　二十歳になる紫に、何か大人っぽいものを贈ろうと決めたのは半年以上も前だ。ネットオークションを検索していて、これだ、と直感した。乙女の横顔と一角獣。姉にぴったりだと思った。
　出品者に頼み込み、ギリギリまで取り置きしてもらった。値下げ交渉はしなかった。姉にも出品者にも失礼だと考えたからだ。
　それから蒼は、毎日のようにゲームセンターに通い、クレーンゲームでレアな景品を手に入れてはそれをネットオークションで売った。
　去年も同じ手段でマフラーを買ったが、今回は値段が違う。目標金額を達成する直前、遂に出入り禁止になってしまった。仕方がないので、足りない分は小遣いから出した。
「つけてあげるね」
　紫の胸元にブローチを留め、玄関にある鏡の前に立たせた。胸元から上しか映らないが、こげ茶に青がよく映えている。
　悪くない――というより、いい。今日の装いにぴったりだ。
「ありがとう、蒼。これ、本当にいいわね」
「でしょ。お姉ちゃんの好みなんて、丸分かりだからね」
　ふふふん、と得意げに笑う妹の頭を、紫も笑いながらくしゃくしゃと撫でた。

　二人はそのまま、星ヶ丘へ出かけた。デートだね、と冗談めかして言ったとき、紫の顔が僅かに曇ったことに、蒼は気付かなかった。
　高級リゾートエリアとして有名な星ヶ丘は、同じ寝子島内であるにも関わらず、姉妹の住む旧市街とは全く別の空間であった。
　一見して地中海を思わせる景観、高級ブティックやレストラン、極めつけは超高級ホテルのステッラ・デッラ・コリーナだろう。
　様々な建築デザインを見て回るのは、それなりに楽しかった。
　時折、観光客らしい男たちに声をかけられた。どうやら星ヶ丘の住民に間違えられたらしく、蒼は満更でもなさそうだったが、紫の腕に自分のそれを絡ませて、「デート中なんで」と断ると、皆、すごすごと引き下がっていった。
　面白いのは、声をかけてくるのが全員二人連れだったことだ。
「二対二でちょうどいいと思うのかな。完全に遊び目的だよね。本気なら、一人でも『あなたが好きです！　一目惚れしました！』とか突撃してくるもんね」
　紫はただ、そうね、とだけ答えた。
　蒼と歩いているうち、紫の脳裏に浮かぶ顔があった。振り払っても振り払っても、その顔は離れない。
　笑ったこと、泣いたこと、怒ったこと。三年前の様々な出来事が思い出されては、流れていく。
　そして先月――いや、つい先日の邂逅。会って、話をしただけだ。この恋は、終わったのだから。
　なのに――。
「お姉ちゃん？」
　気が付くと、蒼が顔を心配そうに覗き込んでいた。
「大丈夫？　具合悪い？」
「――何でもない。大丈夫よ」
「そう？　ちょっと休む？」
「そうね……少し、歩き疲れたかも」
「ちょっと早いけど、ご飯にしようか？」
「そうね……そうしましょう」
　蒼にこれ以上、心配かけることは出来ない。紫はどうにか笑顔を作り、誕生日ディナーを楽しもうと決めた。