ハッピーバースデー！　１１月☆｜リアクション

ハッピーバースデー！　１１月☆

　　　11月７日　月曜日

　夜の帳が落ち始める頃、星幽塔・第一階層にあるBarアストラルは開店の準備をしていた。そこに人影が落ちる。
「すみません、まだ時間がかかるんで――」
　中腰のまま顔を上げた店員の目の前に、金貨が一枚落とされた。
「悪ぃが今日は貸し切りだ。心配すんな、他の客を入れるのは構わねぇ――」
　二本足のカメレオン――タスニム・アルハビールが長い舌で口元をべろりと嘗め回しながら言った。

　ドラゴンステーキ、ドラゴンの姿焼き、カニ玉チャーハン、カニクリームコロッケ、カニ味噌汁、カニ甲羅入りスライムゼリー、国産龍フィレ肉のポワレ、季節の温野菜と濃厚な甲殻類のクリームソースといった料理が各テーブルに置かれている。
　飲み物はビール、蜂蜜酒、聖なる森の木の実ジュースが飲み放題だ。
　注文に当たってタスニムは、一枚、また一枚と金貨を足していき、そのたびにマスターがかぶりを振った。温和なマスターが財布ごと出せばいいのにと呆れたが、大事な金をどう使うか、他人に指示される謂れはない。
　とにかく、これだけあれば、という程度まで貯金をはたき、ふらりと入ってきた客全てに食事と飲み物を奢ることにしたのだ。
「誕生日だ！　めでてェ！！　オラオラあっしを祝え！　ついでに崇め敬え～！！」
　ただ飯ただ酒で喜ばぬ客はない。リリエル・エーテライトを始めとした店員たちも大忙しで店内を動き回っている。
　最初の内はよかった。
　タスニムの奢りと聞き、皆が挨拶に来たからだ。礼を言われるのは、悪い気がしない。
　だがその内、これが何の集まりなのかまるで知らない連中ばかりになった。酒が進んで、綺麗さっぱり忘れたのかもしれない。
「お嬢ちゃぁんこっちきてお酌しておくれよぉ」
　リリエルに誘いをかけても、「少々お待ちくださーい」と言うばかりで、ちっとも来てくれない。
　タスニムは不貞腐れながら、入ってきたばかりの客の横に腰掛けた。この男も、なぜアストラルがただ飯を出しているか知らないらしい。
　しばらく酒を飲んで世間話をしてから、タスニムはふと言ってみた。
「へっへ、実は今日あっし、誕生日ってやつなんですけどね。一人じゃ浮かれることもできねぇって、酒を飲む相手を捜してたんで」
　すると男は言った。
「そりゃめでたい。よーし、一杯奢るぜ。マスター、この人にビール！！」
　マスターは首を傾げながら、何も言わずにビールを運んできた。売り上げになるのだから、文句を言おうはずもない。
　そのビールの美味いこと！
　飲み干したタスニムは確信した。
　酒は自分で金を出すより奢ってもらった方が美味い、と。
　マスターを呼び、切り上げる旨を伝えると、タスニムはアストラルを出た。マスターは文句を言わなかった。そろそろ事前に渡した代金分の料理が終わる頃だったのだ。
　何も知らずに飲み食いしている客もいたが、知ったことではない。その分は、マスターがしっかり回収することだろう。
　タスニムはしばらく歩いて別の店に入った。そして隣の客に話しかけた。
「実は今日あっし、誕生日ってやつなんですけどね。一人じゃ浮かれることもできねぇって、酒を飲む相手を捜してたんで。へっへ」