ハッピーバースデー！　１１月☆｜リアクション

ハッピーバースデー！　１１月☆

　　　11月３日　木曜日

「おっそいよぉ！」
　稲積柚春はウォルターの姿を見つけ、ぶんぶんと手を振った。
「ごめんごめん。ここ、来るの大変なんだよ」
「ここを選んだのは、ワットでしょ」
　柚春としては、もっとピクニックに相応しい場所がいいと思ったのだ。公園か、せめて千年杉。
　だが現役の女子高生と教師という関係上、二人きりでピクニックはさすがによくないとウォルターは考え、人目につかないここ、先駆け大桜を選んだのだった。
　せめて花が咲いていればまだしも、枯れ木同然の十一月の桜ではいささかロマンチックさに欠けるなあと思いつつ、これはこれで二人きりになれるからいいか、と柚春は前向きに考えることにした。
　何しろ、今日は祝日。ウォルターと日暮れまで一緒にいられるのだから。
「それは、そうなんだけど」
「はい、座って座って」
　柚春がぺしぺしとレジャーシートを叩くと、ウォルターは肩を竦めて――実に様になる仕草だ――腰を下ろした。
「はい、これ」
「――へえ」
　差し出されたランチボックスを見て、ウォルターは驚いた。
　スモークサーモン入りのキューカンバーサンドイッチ――きゅうりのサンドイッチ――やらサケとアンチョビのペーストサンド、エビとカニのペーストサンドが並んでいる。
「探すの、大変だったろう？」
　日本ではあまり見かけないペーストをわざわざ探してまで作ったのは、ウォルターに少しでも喜んでもらいたかったからだ。
　メイドのメアリ・エヴァンズ曰く、
「ウォルター様は日本のお食事も大好物ではございますが、やはり故郷の味というものは、どんな人でも忘れがたいものでしょう？」
　というわけで、彼女からもらった「ウォルター様の好物」レシピからイギリスのサンドイッチをチョイスした。もちろん、紅茶も準備済みだ。コップに注いだダージリンティーからは、柔らかな湯気が立ち上っている。
「うん、これは美味しいねぇ」
　にこにこと嬉しそうに頬張る横顔を見てこちらも機嫌が良くなってしまうのは、恋ゆえだろうか。
「どうしたの？　全然食べてないけど、もしかして寒い？　紅茶飲んだら？」
「だ、大丈夫、です」
　赤くなっているかもしれない顔を見られたくなくて、柚春は慌ててウォルターから少し離れた。ほんの五センチほど。
　それから、ポケットから小さな袋を取り出す。
「ハッピー……ハーフバースデー？」
「何で疑問形なの？」
「言い方合ってるのかな、って」
　透明な袋に入ったそれは、小さなアクセサリーケースであった。くすり、とウォルターは笑った。
「これもしかして、この前の露店の？」
　先月、ウォルターは柚春のハーフバースデーにロンドンブルートパーズのピアスをプレゼントした。ケースに施された透かし細工の月は、今、柚春が付けているそれによく似ている。
　露天商が売っているような代物だ。偽物か、良くてクズ石だろうが構わなかった。むしろその方がいい。
　大事なのはウォルターが気にせず受け取ってくれること、そして付けてくれることだ。
　ウォルターはケースからラピスラズリのピアスを取り出した。何でこれを、という問いに、柚春は綺麗だから、と答えた。
「それに石言葉が健康とか幸運とかで、いいお守りになるかなって」
　そう、ラピスラズリ自体に深い意味はない。ウォルターの誕生石でもない。
　ウォルターが透明ピアスを外すのを見て、柚春はつけてあげましょうか、と言った。震えそうな声を、懸命に抑え付けて。
　少し頭を下げる彼の耳たぶに触れながら、柚春は思う。
　知られてはならない、と。
　彼女がロンドンブルートパーズを選んだ理由が、ウォルターの瞳によく似ていたからだということを。
　そして、ロンドンブルートパーズとラピスラズリは、組み合わせると恋のお守りになるということを。
　小さな石を両耳につけ、柚春は願う。
「ワット、お誕生日おめでとう。あなたのこれからが幸せで満ちあふれますように」

　――そしていつか、この石の本当の意味を知って。

――と。

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