秋桜への宣誓｜リアクション

秋桜への宣誓

　海開きだとか、ハロウィンだとか。
　大きなイベントごとの時には彼氏から誘ってくれることも多いので、「歩きやすい靴で」なんて指定が来た時には、また何か計画してくれているのだろうと思っていたけれど。
　エノコロ岬で待ち合わせと聞いたときには「まさかね」と思っていた森篠琳子も、眼前に花畑が広がる頃には今日の目的地がわかってしまって、隣を見やる。そこには、悪戯が成功したかのように喜ぶ秋沢覚がいて、ちょっと意外そうに見つめ返せば、彼は照れ隠しのように笑って花畑へと視線を移した。
「なんか、こういうとこよさそうな気がしてな」
　催しはやっているけれど、『イベント！』というほどの盛り上がりでもないし、どれをとっても『恋人』を強調されてしまうような内容だ。この夏にようやく初デートをしたばかりの二人には、優しく響く鐘の音も囃し立てられているように聞こえるのか、つかず離れずのところを歩いている。
「お、カーネーションや。これなら琳子ちゃんもなじみ深いんちゃう？」
「母の日の定番ですね」
　５月になれば、赤いカーネーションが街に溢れかえる。……ということは、これは春の花ではないだろうか。年中楽しめる花もあるだろうが、秋も終わろうかというこの時期に見かけるのは少し不思議な気がする。
「カーネーションはな、春咲きと秋咲きがあるんや。赤なんて、熱烈な花言葉まであってなぁ」
　花壇にあるネームプレートには、確かに『無垢で深い愛』と書かれている。感謝とともに送る花にしては熱烈かもしれないが、年に一度の日なのだからそれくらいで丁度良いのではないだろうか。
「覚さんは、お母さんに愛情を伝えるのが苦手だったんですか？」
「ちゃうちゃう、これはカーネーション全般につけられた花言葉や。俺が琳子ちゃんに送るときは……」
「……ときは？」
　言葉を止めた覚を不思議に思って顔を上げる。目が合ったと思うときには、するりと指を絡めて手を繋がれていた。
「会いたくてたまらへんってときや。琳子ちゃんは、そうおもてくれてへんの？」
　なじみ深いと言ったのは、名前を知っている花だろうという意味ではなくて。赤いカーネーションに共感できるのではないかと言いたかったようだ。
　虚を突かれつつ、またいつぞやのように揶揄われているのだろうかと問い返す。
「それは……本当にカーネーションの花言葉ですか？」
「海外のやけどな。母の日にしか見向きもされへんなんて、もったいないやん」
　わざわざ色まで指定されたイベントは、固定概念を作り上げてしまう。けれど、言われてみればその日だけ必要とされるのもおかしな話だ。
「随分詳しいんですね」
「実家が花屋やからなぁ、プレゼント用やと気にするお客さんも多かったし」
　きょとんとする琳子を満足げに見て、覚はゆっくり歩き出す。この先にあるのは――コスモス畑だ。
「なんや一輪もろて、交換できるらしいやん？　琳子ちゃんからのコスモス、何色やろなぁ」
　そういえば、道行く人が手に持っている姿が目立つ。さっきのカーネーションのように花言葉は知れるのだろうけど、どう考えたって覚の知識には敵わない。
「ま、待ってください！」

　それでも予備知識をつけて、覚をがっかりさせない色を選びたいと、琳子はスマホを取り出した。けれどそれは、すぐさま取り上げられてしまう。
「そんな、誰かが決めた花言葉やなんて気にせんでええやん」
「覚さんは海外のものまで知ってるじゃないですか」
「ええかっこしぃなだけや。ぎょーさん覚えてたかて、凛子ちゃんの好きな色や花のが大事やし」
　花には意味が込められている。色に、本数。蕾か開ききっているか、サイズやドライフラワーかに至るまで。
　お互いに知っていれば素敵かもしれないが、知らない物を無理に解き明かすほどのことでもない。
「この色が好きなんです、この色が似合うおもたんですって渡されたほうが、めっちゃ嬉しい思わん？」
　満面の笑みと共に渡されたなら、それが１番のプレゼントだ。どんな花言葉だったとしても、良い意味に上書きされるに違いないと話す覚が『らしい』ようで、ちょっと意外だ。
　クスクスと笑う琳子は、少し神経質に考えてしまっていたことに気付いて、「それはそれとして」とスマホを取り戻す。
「詳しい人ほど、気にするんだと思ってました」
「そないなことあらへんって。花はしゃべらんねんから、琳子ちゃんの言葉を信じるに決まってるやん」
　また調子のいいことを言ってるのではないだろうか。ほんの少しだけそう思って苦笑していた琳子は、このあと思い知ることになる。
　彼は真摯に向き合ってくれていると――恋人宣誓書のメッセージ欄に書き込まれた、直球の愛の言葉に。

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秋桜への宣誓

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