セイレーンが歌う夜｜リアクション

セイレーンが歌う夜

＞桜花寮

【えっ？】
　自室で日記を書き終えたばかりの浅山小淋は、急に聞こえた歌声に目を丸くした。同時に、引っ張られるように歩き始める。彼女は机に置いていたメモとペンを咄嗟に握り、そのまま自室を後にした。
【これは一体……？】
　小淋は内心で戸惑うものの、足はどんどん静かな桜花寮内を進んでいった。

　同じ頃、稲場舞は自室で明日の授業の予習をしていた。彼女はリフレッシュしようと背伸びをした時、不意に動きを止める。耳が美しい旋律を捉え、聞き入っていた。そして、これが歌であると気づいた時には、舞もまた自室を出ていた。
（……私を……探して……？）
　内容を確認する間にも舞の足は玄関へ向かう。自分の意思では止められず、ひたすら歩いていく。舞はこれからどうなるのか全く予想できず、それでも冷静になろうと深呼吸をした。けれども効果はなく、意識がぼんやりとし始めた。
　
気がつけば、二人はそろって生暖かい夜風の吹く外へと飛び出していた。脳裏に響く歌声に胸を掻き毟られ、いつになく小淋と舞は落ち着かない様子で歩く。そのうちに戸惑いは消え失せ、１つの感情が彼女達の心を支配する。
【行かないと……。呼ばれているのですから】

＞旧市街

　自室で物思いにふけっていた大田原いいなは頭を抱え、歯を食いしばっていた。彼女は歌の聞こえてきた方向を見、そのままあるモノを探していた。
（この歌は……物凄く心を惹かれてしまうの。じゃが儂は……）
　部屋中に視線を巡らし、ある物を見つける。それは因縁の相手が残した緑色のコートだ。今、彼がどうしているのかは解らない。けれども、今は『彼』の力を貸してもらいたかった。
（すまぬ、貴様の力を借りるぞ、――）
　内心で呟き、緑のコートを羽織る。すると、少しだけ心が落ち着いていく。それに救われたのか、いいなは手早く声の聞こえてくる方角を探る。そして、タブレット端末に入っている地図検索アプリを起動した。
「なに、エノコロ岬付近……じゃと？」
　操作しているうちに、いいなは心拍数が上昇していくのを覚える。寂しさを沸き起こらせるその歌声が、徐々にいいなを蝕んでいく。
（くぅ、沈まれ……沈まれ……！）
　無意識に胸元をつかみ、歯を食いしばる。深呼吸をすると、手早く速報をサーバーに上げた。
（ねこったぁを確認すれば、何かわかるかもしれん）
　と、いいながら発言を見ていけば、女性の幾人かが勝手に歩き出した事やら書き込んでいた。その中に記憶に新しい名前を見つける。
（日光瀬殿……儂の秘密を流そうとした先輩も……）
　いいなは、意を結してエノコロ岬へと向かう事にしたが、意識はぼやけはじめる。どうすれば自我が保てるだろうか？　彼女は無意識に羽織ったコートごと自分を抱きしめた。

　剣術の修行を終え、寝子神社を後にした御剣刀は異様な光景に息を飲んだ。ぼんやりとした眼の女性たちがどこかへ向かって歩いている。その中には見覚えのあるコートを纏ったいいなの姿もあり、刀は呼び止めようとした。が、彼女はなにやら必死な表情で歩いており、刀を見るや「詳しい事はねこったーをみるのじゃ！」と言って立ち去った。
（何か、ヒントになるワードは無いか？　……これは異常すぎる）
刀は嫌な予感を覚え、ねこったーを覗いてみた。妙に焦る中、彼は様々な発言の中からきららのつぶやきを見つけ出し、その内容に僅かに目を見開いた。
「海の方から、歌が聞こえる？　俺には聞こえないが」
　首を傾げつつも口の中で、「私を探して……か」と呟いている間にも目の前を若い女性がふらふらと歩いていく。
「もしかして、女性にだけ聞こえて……歌い手の元へ行こうとしているのか？」
　頭の中で予測が瞬時に浮かび上がり、刀は何をすればいいのか思いつく。そして、そのまま行動に移した。
（このまま追っていけば、歌い手を見つけられるかもしれない。その人を止めれば……）

このページにイラストを設定する