セイレーンが歌う夜｜リアクション

セイレーンが歌う夜

＞星ヶ丘寮：修の部屋

　修と茉菜は暫くの間黙っていた。修は、また咳き込んだ時のことを考え、様子を見るために茉菜をソファに座らせ、着替えを貸した。茉菜は出された温かいお茶を手にしばし考え込む。
「差し支えなければ、事情を話してくれないか？」
　仄は茉菜が肺を患っているかもしれない、と言っていた。それが、気になっていたのだ。茉菜は少し寂しげな笑みを浮かべた。
「秘密にしていたんだけど、私、肺と心臓に持病があるの。何度も手術して治ったんだって思っていたけど……『もれいび』になったから、発作がおきなかっただけなのかもね」
　そう言いながらゆっくりとお茶を飲む茉菜に、修は真面目な顔でこういう。
「なら、今のうちに再手術をした方がいいんじゃないのか？」
　修は経験から思う。『もれいび』は死ににくい体なのではないか、と。だから、今のうちならば大きな手術も耐えられるのではないか、と。しかし、茉菜はぎゅっと目を瞑り、首を降った。
「何故？」
「……もったいないんだもの、この時間が」
　どこか拗ねた子供のような口調で茉菜は言う。けれども、幼い頃から病と闘ってきた彼女としては、健康的に動ける『今』が大切だった。修は少しだけ考え、それでも彼女が病に打ち勝てるように、目を逸らさず向き合えるように願う。
「維都月、1人で抱え込むなよ。こんな言葉は聞きたくないかもしれないが」
　修の言葉に、茉菜はレイから借りた上着を見つめ、小さく頷く。２人はしばし見つめ合うと、修は彼女をベッドに寝かせた。
（後木や志波、双葉達は無事だろうか）
　降り止まぬ雨の音を聞きながら、修はじれったい思いを押し殺した。

＞エノコロ岬周辺

　激しく降る雨の中、探索を続ける者たちは荒れる波や吹き付ける風に気をつけつつ捜索を続けた。行方不明者の父親と息子もまた仄達と一緒に名前を読んで探していた。途中で久雨と空音、瑠奈が２人に遭遇し、共に行動することになった。
（それにしても家族かぁ）
　声の主を探しながら空音は想う。家族と聞いて思い浮かべたのは、久雨と士だった、と。

（誰も殺させたりはしないのだ。誰にもトラウマを刻ませないし、真央ちゃんだって死なないのだ）
　真央は冷たい水を浴びながら、歌声の主を探す。傍らに武道が付き添い、気をつけながら岩場を捜索していた。
　点灯した懐中電灯を入れたペットボトルを５m間隔で結んだロープを頼りに真央は潜ったりして捜索する。が、歌は海岸線から聞こえてくる事に気づく。
「大丈夫？」
「ありがとうなのだ。真央ちゃんは大丈夫なのだ」
　武道に助けられながら上がる真央は、服を押さえてもらっていたがおー（ろっこんで呼び出した、もっふりとした三毛猫）を抱きしめて労を労う。そして、改めて「迎えに来たのだ！　一緒に帰ろうなのだ！」と叫ぶ。
（歌い手は、一体どこに……）
　武道が真央の手を握り辺りを見渡すが、視界は悪い。そんな中、見かけたのは、秋ノ宮こまちだった。
（家族を恋しがっている。私の家族はバラバラですれ違っていて、私の心のどこかにも……）
　家族の事を考えつつも海へ向かうこまち。真央が声を上げ、まずい、と思った武道は咄嗟に彼女の手を握る。
「ちょっとまった！」
「！」
　漸く我に返ったこまちに、武道と真央は安堵の息を吐く。こまちはいつの間にかいた２人に僅かに驚くも、助けられた礼を述べた。一人にしては危ない、と思った真央は一緒に行こう、と提案しこまちも同意した。
「それにしても、どこにいるのだ……？」
　真央が心配そうに呟いたとき、遠くに動く影を見た。武道とこまちもそれを見、３人は海岸線沿いに向かってみる事にした。

（やっぱり、難しいか……）
　岬では、士がろっこん『天の救い』を使って嵐を止められないか試していた。けれども、歌がまだ続いているのだろう、どうにか嵐が強まるのを遅らせる事しか、今の彼にはできなかった。じりじりと体力を奪われていくのを感じつつも、士は歯を食いしばってコントロールに集中する。

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