【遊園地デート】

「ワットはどんな乗り物が好き？」
「そうだねぇ。スリルがあるのがいいかなぁ」
　と言いつつ、稲積 柚春とウォルター・Bはぎゅんぎゅん回る観覧車を遠巻きに眺めます。あの超高速回転を見てから乗るのはどうにも、躊躇われました。
　だってムードもなにもあったものじゃないし。

（あの観覧車じゃ、こんな状況にだってなりそうにないし）
「ま、のんびりチョコを楽しもうかぁ」
　チュロスをかぷりとかじってほくほく顔なウォルター先生に、すすす。柚春は寄りそって、
「ワット。ここはホラーな世界かな？　お化け屋敷みたいなものかな」
「ん～？」
　さりげなーく、それとなーく、彼の手を取ってみます。
　どうやら、拒む様子はありません。きゅっと握られた手のぬくもりに柚春はご満悦、ホットチョコちゅるるる。
「なにか乗ろうかぁ？　ジェットコースターなんて、楽しそうだよぉ」
「さっき空飛んでたよ、あれ……それより」
　なが～いチョコチュロスを一本ずつ買って頬張ります。トッピングが何種類かあって、柚春はストロベリー、ウォルター先生は抹茶ソースを選びました。
「先生の、ひと口もらいっ」
「あ」
　隙を見てウォルターの抹茶をぱくりっ。
　お返しとばかり、ストロベリーチョコチュロスを差し出すと、彼はちょっぴり苦笑い。かぷりとひと口かじり、甘いねぇ、と言いました。



　ちょうど二人でおでかけ中に遊園地へ飛ばされてきた、八神 修と七夜 あおい。
「行くぞ、アクセル全開だ！」
「ひゃ～～～」


　ゴーカートは爆走し、追いすがるチョコライオンをどぎゅんっと引き離します。
「修くん、すごいすごい！　もしかして、車の免許とか持ってたり？」
「いや、でも卒業後に取るつもりだよ。ドライブに誘いたい人もいることだし……」
「ええ～？　それって誰かなぁ？　私の知らない女の子かなぁ？」
　イタズラっぽくそんな風に尋ねた彼女へ、あおいだよ。と告げると、どこか満足げにうなずきました。
　ハードなアトラクションを乗り継いで、ふたりはちょこでろろランドを大いに満喫しておりました。
「次はなにいく？」
「やっぱり、ジェットコースター？」
「賛成！」
　コースターはチョコレールから外れて空を飛ぶ、極限のスリルが醍醐味。危ない仕掛けですけれど、安全性には問題ないとのことです。たぶん。
「うわわわわ、飛んでるとんでる～！」
「これはすごいな……！」
　ひゅるるるる。がっしょん！
　空中にいる間も着地してからも、修はいつものクールを崩しませんけれど、
「修くん、すごいね……怖くなかった？」
「いや、ちゃんと怖かったよ」
　好きな女の子の手前、見栄を張って平静を保っておりましたけれど、内心は心臓ばくばくです。
「面白かったね、ジェットコースター！　次はなにいく？　次つぎ♪」
「よし、とことんまで付き合うよ」
「そうこなくっちゃ！」
　まだまだ、アトラクションはたくさんありますからね！



　こちらも気が付いたら遊園地。綾辻 綾花はかたわらの早川 珪と並び、観覧車のゴンドラに揺られています。
「わぁ……この遊園地、けっこう広いんですね」
「そのようだね。ここから見えるだけでもジェットコースター、メリーゴーランド、ゴーカート場……」
　夜に浮かび上がるちょこでろろランドはコミカルな意匠でありながら、どこか幻想的にも見えました。夜闇をぼんやりと照らすネオンサイン。ちかちか明滅する色とりどりの豆電球が連なり、サーチライトのように空を射る光線。目にも鮮やか、わくわくと心も踊ります。
　さして大きくもないゴンドラにふたりきり。ぴったりと肩を寄せ合って、窓の外を眺めます。対面に座ったほうがよく見えるだろうって？　そりゃーヤボってものですよ。
「ゴーカート、乗ってみたいです。私は運転したことないので、珪先生の横に乗せてもらえたら」
「いいね、後でふたりで乗ろうか……おっと？」
　がくん、とゴンドラが揺れて、綾花は思わず珪先生の服の裾をきゅっとつかみます。
　不安な目で窓を見つめていたら……ずごごごご。
「うわっ！？」
「きゃああああ！？」
　急にすんごい勢いで、超高速回転！　ぎゅるるるるるるん！
「あっ、珪先生……！？」
　がば、と彼に抱きすくめられて、大ピンチなのに綾花は思わず顔を赤らめます。遠心力で頭に血が上っているのかもしれませんけれど。
「大丈夫、綾辻さん……！　大丈夫！」
　もし今にもこのゴンドラが回転に耐えかねて外れ、すっぽ抜けて宙に飛び出したとしても、最後まで生徒を守るという教師の矜持……か、あるいは腕の中にいるのが綾花だから、でしょうか。
　ともかくそうして珪先生に包み込まれながら頑張って耐えていると、回転は徐々に収まり、観覧車は通常運転へと戻りました。
「ふう、驚いた……綾辻さん、ケガはない」
「は……はい。だいじょうぶ、です……」
　早鐘を打つ鼓動。綾花はどうにか頬の紅潮をカバンに隠し、ゴンドラを下りました。
「は～。びっくりしました……」
「どうする？　もうアトラクションは止めておくかい？」
　と珪先生は尋ねますけれど。
　物陰からじ～～～っと見つめるちょこでろろくんとシズクちゃんの目もあるし、それよりなにより、
「いえ、先生のおかげで大丈夫です。次に行きましょう！」
　またさっきみたいな嬉しいハプニングだって、あるかもしれないし？　なんてちょっぴり、期待してしまったりもして。

（珪先生には、ナイショですけど）
　その後ふたりは次なるアトラクション、ゴーカートへチャレンジすることになりましたけれど。
「わ。先生、運転上手いですね！　珪先生って普段も車に乗るんですか？　いつか先生の車の助手席にも乗ってみたいです……」
「うんいつかね、でも今はそれどころじゃなさそうだ……！」
　後ろを振り返れば、チョコライオン！　ずどどどどっと駆けてくるチョコモンスターに、珪先生も本気モード！
「飛ばすよ、綾辻さん！　しっかりつかまってて！」
「は、はい……え？　きゃああああ！？」
　真剣なお顔でハンドルを切る珪先生はなんて凛々しいのでしょう。猛烈なＧに振り回されながらも、やっぱり幸せを感じてしまう綾花でありました。