ショコラーデ・コレクション in サロネコ1371｜リアクション

ショコラーデ・コレクション in サロネコ1371

　いまや同棲までする間柄に、お誘いのメールとは仰々しかったろうかと、姫木じゅんは苦く笑んだが。
「……ううん。嬉しかった」
「そ？　ならオッケーね」
　朝鳥さゆるのぎこちないはにかみを、彼女は愛おしそうに、まぶしそうに眺めた。
　さゆるにもなりたいものがある？　じゅんは問うた。
　それは一体なんだろう。さゆるは首を傾けずにいられない。
「なりたいものになれる、ね……」
「何だっていいのよ？　さゆるの思うまま、やりたいことやっちゃえばいいわ。あ、二人で『ミスティックアリア』と『ミスティックエール』になるってのはどお？」
「それでランウェイを歩くの？　遠慮しておく……今日は」
　悪くない提案だが、まあ本日のイベントには少々ミスマッチかもしれない。
　ショコラーデ・コレクション。彼女らが纏うのは、甘くて香り高い……そう、刺激の強いビターチョコなどちょうどよい。鋭いトゲのような苦味に内包したとろける芳香を隠し、食さんと寄ってくる油断した蜂や蝶のごとき輩をそっと刺すのだ。
　そんな風に考えると、楽しくなってくる。さゆるはくす、と再び笑みをこぼした。自分はずいぶん笑うようになったと、半ば他人事のように思う。
「あっさゆる、ショーはもう始まってるって！　飛び入り、行くわよ！」
「そんなに急がなくても……」
「いいから、早く早く！」
　じゅんはさゆるの手を強く引く。それが二人の歩み方なのだろう。ぐいぐいと引っ張られるのも心地よいものだ。

　見つけた衣装をほとんど同時、指差した。
「これ、あの時の……！」
「何だか雰囲気、似てるわね」
「これにしちゃう？」
「ええ。いいんじゃないかしら」
「あたしたちらしいかもね」
　さしたる時もかけず、即決だった。
　着飾ったモデルたちに続き、さゆるとじゅんは手を連ね、ランウェイへ躍り出た。

　ハロウィンに袖を通したゴシック調のドレスに似ていた。美しいバラにはトゲがあり、高貴であるほど他を寄せ付けず、それでいて見つめ合う二人の微笑はチョコレートの濃密より甘い。
　まるで花飾りを帯びた吸血鬼。かぐわしい血に代わり、チョコレートをついばむように口へ含む。
「これは……いい気分ね」
　じゅんはご機嫌、ご満悦だ。ギャラリーの向ける称賛や羨望のまなざししかり。浴びるレーザービームの色とりどり、鮮やかさもしかり、隣を歩むさゆるの存在もしかり。
　絡む指と触れ合うたなごころの熱さに、さゆるまでも熱を帯びる。
　恋をするって、こういうこと。この数ヶ月ですとんと胸に、得心がいったように思う。
　じゅんは、さゆるを愛していてくれる。そう感じさせてくれるし、きっと本心からの言葉と信じさせてくれる。
　さゆるも、じゅんを愛している。まぎれもなく、想いは本物だ。疑いようもなく、心の奥にそう信じられた。
　そうでなければ繋げた二人の手が、こんなにも熱くなるだろうか。胸に揺らめく甘美な痛痒、心地良い疼きを他に何と表せばいいだろうか。
「ね。何か、ポーズでもつけてやろうか。お客にサービスもしなくっちゃ」
「アニメの決めポーズなんていうのは、やめてよ。あたし、分からないし」
「大丈夫大丈夫。ほら、この前二人で見た映画のさ、あのシーン！　ドレスを着た二人が、社交界で……」
　ランウェイの先まで歩くと、二人は指先でスカートを吊り上げ、カーテシーとお辞儀をした。どちらも実に、様になっていた。

　ステージを下り、記念品と手渡されたチョコをつまむ。
　さゆるはふと思いつき。つまんだチョコの一粒で、じゅんの唇を割るように押し込む。
「ん、いい甘味と苦味」
「ビターね」
　お返しとばかり、じゅんは唇にくわえたチョコをさゆるの口へ押し付け、舌を伸ばし割り入れた。
　人目もはばからず、予期せぬキスは長く二人をとろかせた。今宵深くまで、この熱は冷めないことだろう。

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