秋。寝子ヶ浜海岸。｜リアクション

秋。寝子ヶ浜海岸。

　１１月はサーフィンの季節である。三折部朝衣は断言してはばからない。
　サーフィンは夏、そうだろう。確かに分かる。しかし気温は肌寒くも、水温でいえばそれほど体感温度は変わらない。水にさえ浸かってしまえば、後は案外快適だったりする。なにより夏を過ぎれば、ビーチの人口密度はがくんと下がる。人ごみにもまれることなく、快適なサーフィンを楽しめるのだ。
「そして今日はいい波が来る……！　寝子ヶ浜海岸に繰り出さない手はないってわけ」
「ははは、分かった、分かったよ」
　朝衣の力説に、住沢遥人も両手を上げて降参のポーズを示した。
　現在同棲中の婚約者たる彼は、そうしていつも朝衣を立ててくれる。実に付き合いが良かった。それが長く続く秘訣、かもしれない。少し彼を振り回しすぎだろうか。まあふたりとも楽しんでるからいいよね。思い直す。
「さあ、行くわよー！」

　ウェットスーツに着替え、サーフボードで秋の海へと漕ぎ出す。水はやや冷たいが波乗りの歓びが勝り、漕いでいるうち冷たさにも慣れてゆく。
「来た、いい波！」
「行こうか」
　遥人と並びボードへ立つ。堂々たる立ち姿はバックの陽光に照らされて映えた。
　白波に乗り二人、奔る。
「気っもち、いいー！」
「ああ、最高だね！」
　弾ける飛沫が恋人たちを演出した。
　実のところ、互いにそんな顔を眺めるのは久方ぶりのことだ。朝衣は今年４月から寝子島町役場の秘書に抜擢され、忙しい日々を送っている。高卒で役所勤務三年目、そんな自分のどこが気に入られたものかと首をひねる。やりがいある仕事ではあるが、活発な朝衣にはいささか窮屈でもあり、鬱屈がたまっていた。
　それを晴らす、絶好のサーフィン日和。大きな波へ何度も挑み、何度も美しい海へ落ちては潜り、濡れ、笑い合った。

　そんなさなかに、朝衣は波間に輝く何かを見つけた。
「あれは……イルカ？」
「虹色に輝いてるね。確か、最近寝子ヶ浜に現れるっていう……」
「そうだわ。真珠イルカのシンちゃん！」
　噂の主は飄々として、二人の前へ姿を現した。
　なるほど、虹色だ。真珠のような層が全身を覆っていて、淡くきらめいている。
　キュイキュウイ、と鳴いた。鼻先を朝衣へこすりつけ、甘えているようにも見える。かなり人懐っこいようだ。
　海岸周辺へ散歩にやってきて、訪れた人々と一時の交流を楽しんでいくのだと、ねこったーのつぶやきに見かけた。となれば、自分たちとも遊んでもらえるだろうか。
「一緒に泳ぐ？」
　きゅう、と鳴く。
「ＯＫ！　だってさ」
「分かるの？　遥人」
　彼は肩をすくめた。確かに、きっとそう。
「じゃ、行きましょ」
　とぷん、と潜る。
　寝子島の海は美しい。透きとおる青緑色。どこまでも照らす光条。ダンスする魚たちの映すきらめき。おまけに虹色のイルカだ。
　朝衣と遥人の間を縫うように泳ぎ、背中をこすり付け、額を撫でてやれば軽やかな鳴き声で喜んだ。朝衣の全力のクロールにもすいすいとついてきて、くるくると幾度も飽きず周囲を回り、もっと撫でてとばかりしきりに真珠の肌をすりつける。
「あはは！　人懐っこいのね、あなた」
　声をかけ、滑らかな真珠肌をなぞる。
　後に遥人は、まるで絵画を切り取ったかのような光景だったと語り、朝衣を喜ばせた。

　イルカと遊び、再び波が寄せればボードに乗り、休日をめいっぱいに楽しんだ。
　真珠イルカは夕暮れの赤い輝きを纏い、何度もこちらを振り返りながらも外海へと去ってゆく。
「また、会えるかな？」
「望めばきっと、ね」
　砂浜へ腰を下ろし、濡れた手を繋いで、新しい友を見送る。
　橙がかった白波に、虹色のきらめきが瞬いた。

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