秋。寝子ヶ浜海岸。｜リアクション

秋。寝子ヶ浜海岸。

　勉学をおろそかにすまいと打ち込んで、アルバイトにも真面目に取り組んで。
　そうして必死にやっていると、不意にぽっかり空いた時間に妙な不安を覚えたりする。なんだか時間を無駄にしているような気分に落ち込んでしまう。
「ママー！　あれなあに？」
　大様にしてそんな心持ちは、孤独の産物であったりするものだ。家族の存在はありがたい。弱った心をふくらませて、前向きにさせてくれる。
　梓智依子は娘と祖父母を伴って、寝子ヶ浜海岸へやってきた。
「バーベキュー大会をやってるみたいね」
「たいかい？　きょうそうするの？」
「お肉やお野菜を焼いて食べるのよ。競争はしなくていいの。楓、お肉食べたい？」
「たべたい！　おにくー！」
　はしゃぐ愛娘の姿を眺めるのは至福だ。祖父母の顔もにやけっぱなしである。
「あら、バーベキューの器具を貸し出してくれるのね。食材もお安いわ」
「智依子。お昼もまだだし、今日はここで食べていくのはどうだい？」
「ええ、そうね。そうしましょうか」
「やったー！」
　楓は飛び跳ねた。
　グリルをレンタルし、家族で囲む。食材はひとまとめになったセットを安価で購入することができた。タレにつけ込んだ肉の各種に、串に刺したタマネギ、ニンジン、ズッキーニ。魚のホイル焼きやチーズフォンデュの小鉢などもあり、豊富なメニューは食べ盛り伸び盛りの子を持つ母親としてはありがたい。
　まずはグリルに着火するわけだが、文字どおり手を挙げたのは楓だ。ピンと背筋よく、腕など天を突かんばかりに伸びている。
「ママ！　火、つけたい！」
「ええ？　楓、できる？　あぶないよ？」
「できるもん！」
　楓は好奇心の塊だ。放っておいたら着火を目と鼻の先で見届けようとしたり、着火の最中に自分がやる！　と突撃してきたりしかねない。ここはあえて任せてみるのもいいだろう……無論しっかりと見守りながらだ。
　着火器具を楓に持たせ、まだ着けないでね？　と入念に言い含めつつ、重大な役をお任せする。
「ここに先っぽを入れて、そう。そうしたら、ここを引いて」
「！　ついた！」
　固形燃料に見事火がつき、大はしゃぎのひ孫を、じいじとばあばも絶賛だ。
「うまいうまい。やったな、楓」
「お上手ねえ」
「えへへー」
　智依子が学校やバイトに行っている間は祖父母へ娘を任せているから、その扱いも熟達の域である。祖母などは智依子へぱちりと片目をつぶって見せた。
　グリルを中心に、やがて香ばしく漂い始める香りに、楓は鼻をひくひくとさせる。鉄板に鼻がひっつきそうなくらいに間近へ寄ろうとするのを制するのに、少しばかり苦労した。
「さ、そろそろ焼けたかな？　楓、何食べたい？」
「おにく！」
　良く焼けた豚肉、ソーセージ、チキンを食べやすいように切り分け、楓の皿に乗せてやる。目を輝かせてさっそくかぶりつこうとするところへ、串野菜も追加する。
「熱いからね。ちゃんとフーフーするのよ？」
「うんー。ふー、ふー」
　たどたどしく箸を操り肉をほおばった途端に、総毛だったように目を見開き、足をばたばたとさせた。
「おいしい！！」
　智依子の胸から、あらゆる穢れが溶けてゆく。そんな気がする。この瞬間のため、日々を頑張っているのだと実感する。
「楓、そら、もっと肉くうか？」
「チーズフォンデュですって、楓ちゃん。美味しそうよ」
「うん、たべるー」
　意外にも上品な食べっぷりなので、娘の成長を実感できて胸が熱くなる。とはいえまあ、初めて食べたものなどはその反応も年相応、大はしゃぎなのだがそれも可愛いものだ。
　おもむろに智依子は、楓を強く抱きしめる。強く想う。
「ママ？　どうしたの？　たべにくいよ～」
「ふふ。何でもなーい」