【お三夜】猫と人とあやかしと、三つの世界が交わる夜｜リアクション

【お三夜】猫と人とあやかしと、三つの世界が交わる夜

●SideA：寝子島神社：彼の瞳に物言いたげに

「……何か物言いたげだね？」
　稲積柚春は、露店が並ぶ通りを歩いてた。
　不思議な光景が広がる中、カプセルギアのворを持ち、目の前に両手で掲げて話しかける。
　お祭りだってворといっしょ。
　光の具合で青にも緑にも見えるボディの手のひらサイズの盗賊型機体は、柚春の大切な友人で、相棒で、人には言えぬことを何でも話せる相談相手でもある。
　物言いたげに光る硬質な瞳に、柚春はちょっと唇を尖らせる。
「僕だってワットを誘いたいけど……」
　先のことをいろいろ考えると、誘い出すのが照れくさくて。
　強めにворを握る。
「楽しもうよ、вор。猫の店なんてメアリさんへのお土産話になりそうだし。それから……」
　ворと話しながら、人の流れに漂うように歩いて。
　じゃ、と砂利を踏む音で顔を上げる。
　目の前が開けていた。
　ほんわり揺らぐ灯りを掲げた小舟が、水辺にいくつも漂っている。
　ほとりでは愉快に笑ったり踊ったりして宴会をしている猫たち。
「耳福池……」
　想いを寄せる、ウォルター・Bに想いを馳せる。それから思い浮かべたのは、ウォルターさんと過去を追従体験したときに見たウォルターの友人、獅子堂の姿――。
　柚春は砂利を踏んで、池の際まで歩を進め、しゃがんで水面を覗き込む。
　映りこむ月の光が、小舟たちがもたらす色とりどりの風船提灯の灯りを伴って、ゆらゆら揺れている。
　まるで、あの世もお祭りをしているかのように……。
「今日のお祭りは誰かに会えるとは聞かないけど、……」
　あの場所がどこかに繋がっているなら、お礼は届くだろうか。
「守ってくれてありがとう」

　――そのとき。
　じゃりっ。
　砂を踏む音がして、振り返る。
　柚春は、足音の主を足元から青い瞳、金の髪まで視線をあげて、思わずворを取り落とす。
「ウォルターさん！？」
　逢いたかった人も、驚き顔で目をぱちくり。
「稲積？」

　ウォルターは少しの間、お祭りをいっしょに楽しむ時間を作ってくれた。
　嬉しくて嬉しくて。
　ворの瞳が、ギラリとウォルターを睨むように光ったような気がしたけれど、そんなことを気にする余裕もないくらい心臓が跳ねてしまっている。
　右耳にだけつけている、彼の瞳色のピアスに触れて勇気を貰う。
　右耳のピアスに込められているのは、思い人の男性がいますの意だ。
（僕が彼にとって、まだ……生徒なのは嘘じゃないし。でも今は、学校じゃないから生徒はお休みだし！）
「ボートに乗ろう、ウォルターさん」
　柚春は小舟乗り場を指差す。
　今宵はそこも猫の仕切りのようで、二足歩行の猫が目を細めておいでおいでしている。
「水中花火、買ったんだ。一緒に楽しもうよ」
　笹のようなかたちの小舟は二人乗りで、柚春とウォルターは向かい合わせに座ることになる。
　ウォルターが櫂を持って、後ろ向きに池に漕ぎ出す。
「けっこう、まっすぐ漕ぐの、むずかしい、ものだねぇ」
　櫂を漕ぐ動きに合わせて言葉を切りながら、それでもウォルターは楽しそうだ。
「池のまんなか。舟が少ないところに行って、ウォルターさん」
「了解、だよぉ」
　ぎぃこぎぃこと櫂を漕いで、池の真ん中にたどり着くと、柚春は買った水中花火に火をつけて、池の水の中に差し入れた。
　ぱちぱちと黄色や赤の火花が水の中で音もなく弾ける。
「綺麗……ほら、ウォルターさんも」
　促されて、ウォルターも別の水中花火に火をつけた。
　彼の花火は青と緑。
　自分の花火と重なり合って、水の中でカラフルに弾ける。
　柚春はそっとウォルターの横顔を伺った。
　青い瞳は花火の光が映りこんでいて、まるで万華鏡のように色が変わる。
　柚春はささやく。
「ワット、すきだよ」
「え？」
　ウォルターが顔を上げて柚春の瞳を覗き込む。
　見つめ返して、言ってやるのだ。
「……僕はこのお祭り、好き」