【お三夜】猫と人とあやかしと、三つの世界が交わる夜｜リアクション

【お三夜】猫と人とあやかしと、三つの世界が交わる夜

●SideB：霊界：黒白滴

　
「こんばんは。はるばる霊界までご足労いただきありがとう」
「滴……さん？」
　いまだ体にダメージの残る想花がかすれる声で呼びかける。
　背筋に寒いものが走り、想花は道哉から借りた黒い羽織の前をぎゅっと合わせた。
　彼女は、想花が知っている寝子島高校１年生の滴であって、同時に、全く別の何かだという警報が、想花の体をこわばらせた。
　滴は舌で自分の唇を舐めて湿らせる。
「みんな、どうして、と言いたそうな顔だね～。神様を喰らえば、どろでろろがもっと大きく育つんじゃないかと思ったんだけど……んー。私ちょっと勘違いしていたかも」
　滴は艶のある視線を想花へと送る。
「憎しみ、嫉み、哀しみ――どろどろとした感情は、普通の人間のほうがよっぽど持っているんだね」
　滴はにこっと爽やかに笑った。
「やっぱり、どろでろろには、人間を食べさせる方がいいみたい」
　想花は震える。
「あの時、滴さんは『私から……寝子島を、守ってね』と言った」
　本当の彼女はどろでろろを使役して、寝子島に危機を齎したいなんて思ってはいないのだろう。
　けれど闇が。
　彼女の人生を覆って已まなかった闇が、大きすぎて。
　どろでろろを呼ばずにはいられなかった。
　滴という少女とどろでろろは融合せざるを得なかった。
「でも……でも、ぼくは……ぼくは……！　滴さんを、滴さんの心を助けたかった」
　このまま彼女を、寝子島の敵として葬ることなんてできない。
「でもどうすればいいのか……どうしたらいい？」
　滴は曖昧に笑っている。答えなんてない、と言わんばかりに。
「そうだねぇ。とりあえず……餌になってよ」
　滴は唇に指先をあて、投げキッスするみたいな仕草をした。
　どろでろろたちが、青く光る牙を剥いて皆に襲い掛かる。
「うあぁ！」
　想花の体が、その鋭い牙で引き裂かれる。
「黒白！」
　修が叫ぶ。
「黒白の苦しみを、他人である俺達は本当には解る事は出来ない」
　説得はできないかもしれない。
「だが、分かち合うことは出来る。島で暮らして、楽しい事だってあったろ？」
　それでもせめて、くさびを打てれば――！
　だが、滴の返事は哄笑だった。
「あははははは！　楽しい！　とっても素敵な正論をありがとう。そういうのは私を救わなかったよ！　私は見たいの。世界が真っ黒に染まってぐずぐずに壊れてゆくところを。世界の滅びの音だけが私の心を癒してゆく。いっしょに滅びようよ！　きっととても美しいよぉ！」
　高らかな笑い声に合わせて、どろでろろの攻撃が激しくなる。
「いかん！　引くぞ！　お三夜は助けた。ここでことを構える必要はない！」
　阿呂江が撤退を告げる。
　ヴィーゼが血液の翼を広げて飛び上がった。
「私の『とっておき』を見せてあげる。その代わり、皆、必ず逃げて！　敵味方無差別な上に、使うと確実に貧血になって倒れるから、使う時は最後の最後って決めてたの」
　皆うなずき、三々五々にその場を離れる。
　ただ、想花は、最後まで滴を見つめたまま動かなかった。
　どんな攻撃を受けても立ち続けた。
　想花は滴の苦しみと悲しみを一身に受け止めたかった。
（ぼくは何度傷ついてもいい。そのことで彼女を支配する闇から自由になれるのなら）
　何度でも彼女の代わりに傷ついてやる。だってぼくは……。

「ぼくは滴さんのことを愛してるから！」

　想花の渾身の告白。
　と同時に、サキリが想花を抱えて瞬間移動した。
　だから滴がどんな顔をしたのか、想花には見えなかった。
　直後。
　滴よりも高く上がったヴィーゼが、地上に向けて血液の翼を大きく振るう。
　血液の礫が、勢いをつけて無数の針に変わる。
　ヴィーゼは血液を操る能力で、翼や爪を象っていた血液を無数の針に変えて撃ち放ったのだ！
　血の針礫が、高速で、広範囲に滴とどろでろろを襲った！
「くっ」
　血の針に穿たれ、歪んだ滴の顔が一瞬見えた。
「やるねぇ。しょうがないなぁ、今日のところはバイバイ……またね」
　どろでろろと滴の姿が、立ち上った赤い血煙の中に消える。