寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

　どうも話がつづかないな。
　真遠は思う。いま真遠の前にいるのは新人のNACCHIこと成小瑛美（なるこ・えいみ）だ。源氏名にはずいぶん試行錯誤をかさねたが、本名をもじったこの名義に落ち着いた。九鬼姫のかわりにNACCHIが来たとたん、時間の流れは急激に鈍化した
　NACCHIはNACCHIなりに一生懸命話題を提供しているのだが、天気などあたりさわりのなさすぎるものがほとんどで、そこから話がふくらまない。逆に真遠から話を振っても、今度は「そうなんですか」「いいですね」と反応が淡泊すぎてすぐしらけてしまう。同じ新人でも揚羽（あげは）こと烏魚子一紗（からすみ・かずさ）――こちらも試行錯誤のすえこの源氏名となった――なら話題も豊富で、頭の回転も速いので知らない話題がきても当意即妙に返すことができるのとは正反対だった。
　NACCHIが他テーブルのヘルプに去ったので、真遠はため息交じりに言う。
「みちる、あの子に稽古つけてやってくれよ」
「そうねえ。でも、個人個人にあったスタイルってのもあるからなかなかね」
　難しいわ、とみちるが言うもまもなく、　
「やっほー！」
　と良く通る声で呼びかけてきたのはまみ子だ。真遠とみちるの間に座る。
「みちる先生ご来店ありがとうございましたーっ。まさぴょんもいらっしゃいませ」
「『も』ってのはなんだよ『も』ってのは。ついでみたいに言うなよ」
「だってまさぴょんは近所の人でしょー？　みちる先生はわざわざ本土からいらしたんだからぁ」
　それだけどね、とみちるが告げた。
「なんか最近、入りびたってて。寝子島に」
　いっそのことマンションでも借りようかと思ってる、と半分以上本気でみちるは言うのである。名が売れ顔が売れた副作用で、都心では暮らしにくくて仕方がないそうだ。　
「そうなんだー。ところでみちる先生、その衣装いいね」
「ありがとう。まみ子ちゃんは、ミスティじゃないのね」
「いいの。ミスティはアリアもエールもいま街中あふれてるから。なので今日は小公女っ」
「ラクシーン公国の、でしょう？」
　さすがみちる、反応が早い。なおラクシーン公国というのは『ニャンダム』第一作の敵国だ。小豆色に近い赤の軍装である。
「あたり☆　今日出勤途中でラクシーンの集団見たよ。まじって写真撮ってきちゃった。新作やってるからさぁ、あたしのロリ顔にもあうし」
「自分でロリ顔って言うか」
　真遠の指摘にも「いーじゃん」とあっさりしているまみ子だが、現在の彼女はあくまで『店に出ているときの仮の姿』であることを真遠は知っている。仕事時間外の彼女は正反対なくらいネガティブだし辛辣だ。しかし素の彼女も最近はかなり丸くなっていた。プライベート（同性の恋人がいるらしい）が充実しているのだろうか。
　ところで真遠の仮装について、あんなや恋々、夕顔は高く評価してくれた。今日はまだ泰葉を見ていないが、彼女もきっと褒めてくれるだろう。だが九鬼姫は興味をもたなかったし、NACCHIはひたすら戸惑っていた。しかしまみ子は、
「まさぴょん、コスプレは心から楽しんでやらなきゃダメ！」
　と手厳しいのであった。
　だがまもなく「はい、交代」とやってきた沙央莉（三木桜咲香）のシビアさはその上を行った。真遠を見るなり白い目をして一言、
「なにそれ」
　である。もしかしたら真遠の仮装について、元ネタすら知らないのかもしれない。
「そりゃあないだろぉぉ」
　真遠としては盛大にへこむしかない！　
　と、思わせておいて、
「なーんてね」
　沙央莉はワイングラスを掲げてにやりとした。
「いいじゃない？　それみちる先生のコーデでしょ？」
「ばれてたか」
　真遠がダメージを受けた風なのも即興の演技だ。すでにグラスをかかげている。みちるも。
　じゃ、とみちるは真遠、それに沙央莉に呼びかける。
「乾杯」
　グラスが重なり小さな音を立てた。

　来月限りで泰葉が店を辞めるとの報を聞いたのは、その夜遅くなってからのことだった。