寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

　星山真遠は落ち着かない。もちろん『プロムナード』店内の様相が通常とがらり変わっていることも一因だが、真遠自身にも理由があった。
　顔がなんか突っ張るなあ。
　あと、スーツも肩パッドぱんぱんだし、カツラをかぶった頭もゴワゴワする。リラックスという言葉はいまの真遠にはない。
　真遠は文梨みちるに渡された衣装を着用しているのだ。なんだか道化みたいな格好だと思った。紫のスーツ上下に緑のベスト、ネクタイだって派手な柄物だ。しかも顔は白塗り、目の周りは黒くして唇はルージュをひいて毒々しいほどに真っ赤だ。しかもこの口が、実際のサイズをはみ出て左右にいびつに広がっているときている。結果、大笑いしているようにも恐怖の叫びを上げているようにも見えるではないか。さらに緑のカツラまでかぶっているのだから、アメコミのヴィラン以外の何者でもない。
「俺、仮装とかするの初めてなんだよな」
「そうなの？」ぐいとみちるはブランデーをあおる。
「こういうの苦手なんだよ」
「似合ってるじゃない」
　みちるは魔女のコスプレだ。肩を露出させている以外は全体にダークにまとめ上げシンプルに決めているが、それが完璧に似合っている。白い蝶や赤い薔薇をアクセとして要所に配しているのも心憎い。
　自分に何が似合うかを知り尽くしていないとできないスタイルだなと真遠は思う。
　まいったね。
　本当に彼女には勝てない気がする。なにもかもだ。
　というかみちるは俺と同じで客なんだが。なんだこのなじみっぷりは。
「ここまで本格的にするつもりなかったんだけどなあ」
　なおも不平を言ってみるが、みちるに一発で封殺された。
「本格的だからいいんじゃない。私の言う『コスプレ』が猫耳カチューシャ程度で済むと思った？」
「ごもっとも」
　本日プロムナードは、これまで見たことがないほど混んでいた。
　バイトを含め真遠の知る全キャバ嬢が出勤しており、テーブルからテーブルへ忙しく飛び回っている。なのでこの席にもあんなが瞬間的に来て「いやー、みちる先生も若先生もいいっすねー」と軽く話をしてまた姿を消し、夕顔も「若先生、ほとんどお相手できなくてごめんなさいね」と短い滞在しかできなかった。
　なおあんなは小悪魔、夕顔は修道女の衣装だった。あんなにしてはめずらしく露出度の高い衣装だったがこれはむしろ背伸びしている印象で、夕顔は露出度は控えているのにやけになまめかしかった。
　だがそれもいい。店に活気があるのを見るのは、顧問契約の司法書士として大変喜ばしいことだ。
「よう」
　来たな、と言って九鬼姫を迎える。
「おう真遠か。みちるもゆっくりしていくがよい」
　どっちが客かわからない口調と物腰で、どだっとソファにもたれて九鬼姫は息をついた。
「体のほう、大丈夫なのか」
　ここ二週間ほど九鬼姫は体調がいいようだと恋々から情報は得ていた。だが検査結果はけっして手放しで喜べるものではないらしい。様子見しつつではあるが、本人の希望もあって今宵も九鬼姫は店に出ているのだ。
「まあな」
　九鬼姫はキセルを吸う真似をした。もちろん火はついていない。
　あまり容態の話をしたくないからか、それとも単に知りたいだけか、
「パレードはどうじゃった？」
　と九鬼姫は水を向けてきた。
「いやあ、たしかに豪華絢爛って感じだったけど、すっごい人出だった」
　真遠は肩をすくめる。真遠とみちるは来店に先立ってパレードに参加してきたのである。道々スタンプラリーにも挑戦したものの、すさまじい人出でシーサイドタウンは大渋滞であり、あまりスタンプを集めらることはできなかった。ここ『プロムナード』のスタンプを含めてもまだ十個にすら届かない。寝子島全体でスタンプ台は百を超えるらしいのだが、はたしてすべて集められる人などいるのだろうか。
「そうかえ。ま、お疲れじゃったな。オンザロックでも飲むがよい」
　などと言いつつ酌をする気などさらさらない九鬼姫である。おまけに、
「わらわの分も注げよ」
　と命じたりもする。
「あいかわらずだな」
　真遠は苦笑いするしかない。でもこれが九鬼姫なのだ。
　ずっとこうならいいのにと思わないでもない。