寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！｜リアクション

寝子暦1371年のハッピー・ハッピー・ハロウィン☆デイズ！

　ゴージャスなハロウィンパレードが、音と光につつまれながら目抜き通りをゆく。
「通りも全部ハロウィン仕様で飾り付けられてますね」
　萌々子は幸次に視線を向けた。
「よく歩いている道なのに異世界にきたみたいです」
　さすがに寝子島、手慣れたもので、通りはテーマパークに一変していた。街灯からコウモリ飾りがつり下がり、道ばたにも大きなカボチャごろごろと並んでいる。曲がり角に鎮座しているのは白くて巨大で、ファニーな顔をしたオバケのビニール人形だ。いずれもLEDライトにてデコレートされており、夜というのにあふれる光は、昼間よりもまぶしいくらいだった。
「リアルな仮装の人もいますけど、もしかしたら霊界からあやかしが混ざってきてるのかも」
　パレード参加者も見守る観客も、そのほとんどが仮装している。黒い全身タイツをうまく利用して、骨格標本が歩いているように見せている姿もあるし、あまりに精巧なので逆に自然な一つ目小僧もいた。
「うん。このなかに本物の妖怪とか落ち武者の霊が混じっていても、まず目立つことはないよね」
　と返してはいるものの実際のところ幸次は、心ここにあらずの状態だ。
　だって。
　顔が熱いから。
　いま自分のひたいに水入りのヤカンを置いたら、沸騰して蒸気を吹き上げるのではないだろうか。それくらい紅潮している幸次だった。
　平常心平常心と念じたところで、どうしても注意が腕のほうにいってしまう。
　少し前まではたがいに手を握り合っていた。それだけでも胸が高鳴るのだがいまは腕だ。パレードに加わってまもなく、萌々子が右腕を彼の左腕に組ませたのだ。狭いところに入り込む猫のごとくするりと、さも当然であるかのように。　
　距離がうんと近くなって気づいたけど。
　愛猫さんのワンピース、胸元がかなり見える……。
　健康的な反応かもしれないが不健全な行動に思えて、幸次は視線を『そちら』からそらそうと躍起になっていた。だが目を別に向けたところで、意識のほうはそうはいかない。
　前々から思ってたけど、ってこういうお祭りとか非日常っぽい時は気にしないのか結構大胆になるよね。
　万条幸次十八歳、もやもやと考えてしまうのは抑えようがなかった。胸元だけは見ないようにしつつも、彼はちらりと萌々子の衣装を視界におさめている。
　肩や胸周りにはベルトが、多分サスペンダーみたいな役目だとは思うけど。
　素肌に黒いベルトが食い込んでて……。
　ボンデージというのであったか、黒いレザーのランジェリーを思い浮かべる幸次である。てかりのある黒い革が白い肌に張り付いているところや、冷ややかな銀のハーネスが熱い汗に濡れているところも。そんなセクシーなスタイルで、ソファに寝そべっている萌々子の姿も――。
　唐突に、幸次の脳内でディスカッションがはじまった。争っているのはいずれも飼い猫の花遊で、悪魔と天使に扮している。
『いいニャいいニャ！　今度はボンテージな衣装とか着てみるよう彼女に頼むニャ！」
『悪魔猫の言うこと聞いちゃダメニャ！　そんな露骨な服よりも今の衣装みたいにワンポイントで入るものこそが至高なのニャ！」

　欲望の声と良心の声か。天地を分かつ討論だ。
　あれ？　でも幸次は気がついた。
　これって対立しているようでヨコシマ（邪）な考えは合致してない？
「先輩、聞いてますか？」
　急に萌々子に声をかけられ、幸次は飛び上がりそうになった。
「ご、ごめん！？　ちょっと聞いてなかった、かも」
「そこにチェックポイントのお店が、って言ったんですけど」
　萌々子の指さす方向に、なるほど『ハロウィン☆デイズ』ののぼりを立てたパン屋があった。
「あ、本当だ」
「何か考え事でしたか？」
「な、なんでもないよ……うん。ぼんやりしてただけ」
　幸次は頭を振って、ヨコシマな考えおよび天使と悪魔を頭から振り落とした。ご退場願おう。少なくとも、今夜床につくくらいまでは。
　幸次の動揺に気づく様子もなく萌々子は、「じゃあ店に行って、声かけてお菓子をもらっちゃいましょう！」と提案するのだ。
　まもなくふたりは、「せーの」の合図とともに息をあわせ合言葉を口にした。
「トリックオアトリート！」