●第九幕　爆誕！　アイドルデュオ・ロミジュリ

　キャピュレット・ファミリーのナンバー２で身内を裏切ったマクベスを、ジュリエットの縁談相手になるはずだった政治家の切れ者息子マクダフが討ち取った。ロミオとジュリエットの魂は、妖精女王ティターニアの助けを借りてまた次の時代へと転生する――というシーンを終えて幕が下りる。

　休憩に入り、舞台裏に次の幕の主役を務めるロミオ役の花咲 夢乃と、ジュリエット役の喜矢武 あいおが入って来た。次は現代アイドルもの。次の幕のロミオとジュリエットは、トップアイドルを目指す女の子同士のアイドルデュオという設定だ。
　あいおは、舞台袖でいまだ抱き合う水樹とヒューを遠目にチラ見して、思わず武者震いしてしまう。
「はわわぁ、禁酒法時代のロミジュリ、大人っぽいラブストーリーでしたね」
　本当の恋人同士である水樹とヒューの演技は、真に迫ったものだった。
　夢乃も圧倒されていて、
「私にできるでしょうか……」
　と、唾を飲み込んでしまう。
「夢乃、僕たちは僕たちらしく、ですよ」
「そうですわね。私たちは私たちらしく」
　夢乃は、あいおが用意した台本を握りしめる。
「自信はないけれど、私が観客であるならこの素晴らしい脚本を舞台で見てみたいですから」
　こくり、目に光を宿して、あいおも頷く。
「夢乃を誘ったときに言ってもらった言葉、ちゃんと台本に反映させましたよ」
　アイドル活動研究部に所属しているあいおと夢乃が、そろってフジコ先生に指名されたとき、悲劇のストーリーを書くと言ったあいおに夢乃はこう言ったのだ。

「あいおちゃん、一つだけ希望があります。結末は道半ばで諦めないでほしいのです。
とてもつらくて心折れてしまっても、それでも相方の分まで頑張ることを誓ってほしいんです」

　そのときあいおはこう答えた。
「うん、僕も気持ちは同じですよ」
　と。
　ピンクのスーツにサングラスという胡散臭い恰好をしたフジコ先生がやってきて、緊張顔のあいおと夢乃の肩を叩く。
「大丈夫。ちゃんとフォローしてあげるから」
「フジコ先生！」
「悪徳プロデューサー役、よろしくお願いします！」
「任せといて。悪役って遣り甲斐あっていいわよねぇ。あんたたちをピッカピカに光らせてあげるわ！」
　あいおと夢乃は、フジコ先生も交えて手を重ね合った。
　アイドルがステージ前によくやる気合い入れだ。
「行きますよー！」
　アイ活研部長のあいおが口火を切る。
「えいえいおー！！」
「「えいえいおー！！」」

◇

　ブザーが鳴り、幕が開く。
　流れはじめるイントロは、現代風のアイドルソング。
　七色に輝く光の中に夢乃とあいおが、ポーズを決めたシルエットとなって現れる。
　夢乃の声。
「ジュリエット、君となら私も一緒にアイドルを目指せると思います」
　あいおの声。
「ロミオ、二人でならトップだって目指せる！　行きましょう、共に！」
　正面からスポットライトがあたる。
　サイドテールでゆったりした中性的な衣装の夢乃が左。
　ツインテールで夢乃と対になるようなミニスカート衣装のあいおが右。
「二人でトップアイドルに！」
「二人でトップアイドルに！」
　腰でリズムを取り、指を鳴らし、マイクを構え、歌いだす。


「みんなーっ！！　いくよっ！」

「んふふ、今度は現代の日本ですよ。二人でデビューし人気アイドルになると誓った親友であるロミオとジュリエットは、トップアイドルへの道を駆け上っていました」

　曲が終わり、舞台は一度暗転する。
　あっという間にセットが入れ替えられ、明転したときには事務机や観葉植物のあるアイドル事務所に変わっていた。時計は０時を指している。
　悪徳プロデューサー・マクベスがずんずんと、二三歩遅れて苦しそうなアイドル・ロミオ／夢乃が舞台中央に歩んできた。
「おーっほっほほほ、今日のステージも最高だったわよ、ロミオ！」
「マクベスプロデューサー、ありがとうござ……ううっ」
　胸元を抑えて蹲るロミオ／夢乃。
「ちょっと大丈夫、ロミオ？」
「本当は私は難病を抱えていて休養が必要な状況……けれど心はこんなに羽ばたきたがっている」
「そうよ、ロミオ。あなたたちデュオにとって、今が一番大事な時。休んでいる暇なんでないわ」
「分かっています。ううっ……苦しい……なぜ神はこのような試練をお与えになるのか」
　ロミオ／夢乃に薬を与えるマクベス。
　ロミオ／夢乃、それを飲み干し、少し落ち着いた様子で息を吐く。
「いいことロミオ。あなたの病気のことは私たちだけの秘密。ジュリエットにもよ？」
「はい、勿論です。あの子に心配させたくありません」
「アイドルとは過酷な仕事。夢を売ると言えば聞こえはいいけれど、血を吐いてでも歌うのがアイドル。これまでのアイドル達もそうしてきたわ」
「はい……」
「それでいいわ。じゃ、明日のスケジュールだけれど、テレビ２本、ラジオが１本、その間にダンスレッスンとボイストレーニングよ。朝は４時に迎えに行くから、そのつもりでね」
　マクベスが退場していく。
　ロミオ／夢乃は時計を見てまた崩れる。
「四時……たったの四時間後。毎日三時間くらいしか寝ていません。これじゃあ体が良くならないのも当たり前ですね。けれど今は、ジュリエットと、高みを目指したい……！　どんなにマクベスの言うことが横暴でも」
　自らの体を抱きしめるロミオ／夢乃。
「ああジュリエット。あの子を騙すのは私には辛すぎる。といって、本当のことなど言えるはずもない……」

　舞台が暗転し、ステージのセットに戻る。
　流れてきたポップなアイドルソングにそぐわぬ悲鳴が響き渡る。
「きゃあああーーーーっ！」
　七色に光る照明に照らされたステージには、倒れたロミオ／夢乃と、ロミオに縋り付くジュリエット／あいおの姿があった。
「ロミオ、ロミオ、病気だったのね！　どうしてあなたは黙っていたの？」
「ごめんなさいジュリエット。マクベスに口止めされていて」
「マクベスに！？」
「血を吐いてでも歌うのがアイドルだって」
「そんな……ひどい……こんなに命を削るのがアイドルだなんて、わたし、もう……」
「待って、ジュリエット。私が望んだことでもあるの。君と羽ばたきたかった。できるだけ多くの時間、いっしょにステージに立ちたかった」
　淡々と伝えられる言葉。
　ジュリエット／あいおの目から涙が零れ落ちる。
　ロミオ／夢乃の手を握る。
「ロミオ」
「ジュリエット、約束して。私がいなくなっても、君は歌い続けるの、私の分まで」
　いやいやするように首を横に振るジュリエット／あいお。
　けれどロミオ／夢乃はジュリエット／あいおの手を両手で握り返して、説くのだ。
「悲しみも苦しみも、きっと君の歌を磨き上げてくれる。君は声も姿もそんなに美しく、生命の力に溢れていて。今は打ちひしがれていても、きっとその歌は人々に希望を届ける、から――」
　ロミオ／夢乃、力尽き、目を閉じる。
「ロミオ？　ロミオーーーッ！」
　ジュリエット／あいおの嘆き声だけが、暗くなったステージにこだましていた。

「ロミオ亡きあと、彼女の分まで夢を叶えるべく、ジュリエットは歌い続けました。そして誰もが知る国民的アイドルの地位を手に入れたのです」

　第九幕が始まったときと同じアイドルソングのイントロが流れる。
　二人で立っていたステージに、いまはジュリエット／あいおが一人で立っている。
「二人でトップアイドルになる約束は約束は果たされないままになってしまいましたね、ロミオ。遂に叶わなかった二人での夢。あなたと一緒にこの光景をみたかったのに」
　マイクを胸に抱え込み、悲しみの表情を浮かべるジュリエット／あいお。
　そのとき舞台の袖に、アイドル衣装ではなく白いワンピースに身を包んだロミオ／夢乃が現れた。
「ジュリエット。私は天に召されてしまったけれど、ずっと君を見守っているよ」
　エコーのかかった、ジュリエットには届かぬロミオの声。
　ジュリエット／あいおは、唇を噛むと前を向いて。
「分かっています、ロミオ。アイドルの道は諦めません。それがロミオとの約束だから」
　笑顔を浮かべ、遠く観客へと大きく手を振る。
「こんにちはー！　みんなのアイドル・ジュリエットでーす！」
　歌いだすジュリエット／あいお。
　ロミオ／夢乃もステージ中央に歩んでいって、時に寄り添って歌うが、ジュリエット／あいおは気づかぬ様子でアイコンタクトもない。
　それでも。
　それでも観客は観るのだ。
　二人のステージを。