しあわせのおすそわけ｜リアクション

しあわせのおすそわけ

　高校生のアルバイトともなれば、土日が稼ぎ時だ。
　それは、19歳から高校１年生を始めた梓智依子だって変わらない。唯一、他人と変わっていることがあるとすれば、彼女が進学に３年も遅れてしまった理由に『シングルマザーだから』と加わることくらいだろうか。
　手のかかる乳児期は愛娘の楓と一緒に過ごしたいというのもあったけれど、智依子自身がとても外の世界に目を向けられる心境でもなかった。地主の祖父母と同居しているため、経済的には問題なく過ごしてはいるが、ただの孫であったなら甘えられた好意も、子の親としてはけじめをつけたい。
　そうして始めたのが、『おもちゃのハローニャック』でのアルバイトだ。女児向け玩具コーナーで働いているため、愛娘との話題が合うのは嬉しいのだけど、誕生日でもないのに「楓ちゃんの欲しがっていたあれ、なんて名前だったかしら」なんて祖父母が甘やかそうとして、尋ねてくるのが困ってしまうくらいか。
（せっかく生活費を入れてるのに、すぐ私たちを甘やかそうとするんだから）
　これでは、なんのために家にお金を入れているのかわからなくなってしまう。もう少し祖父母たち自身のために使ってほしいとも思いながら、智依子は今日もバイト先の売り場に立つ。
　休日の今日は、何度棚を整えてもすぐに散らかってしまう。売れて棚が空いてしまったならともかく、違う棚へ移動してしまっていることもある。店は、まさに大きなおもちゃ箱。あっちこっちと目移りして、手に取っては戻したりとする小さなお客様が多いのだろう。
　おままごとのセット、小さなドレッサー、それからアニメの変身バンク。季節のコーナーには、着せ替え人形やぬいぐるみ用の冬服に、テディベアなど可愛らしいクマのグッズが並んでいる。
（テディベアの日、か）
　感謝とともにテディベアを贈ろう、という日があると知ったのは小学４年生の頃。その頃の智依子は、ダンスを始めて２年ほど経ち、自分でも上達が感じられて前のめりに打ち込んでいた時期だった。
　まだ同年代は幼い夢を語るとき、智依子は『これだ』と思う物を見付けられて世界が輝いて見えていたし、努力した分だけ良い結果が返ってくることが当たり前に思えるくらい、挫折も知らなかった。
　調子に乗っていると年上のダンサーがやっかんでも、それを黙らせるくらいのパフォーマンスで魅せることができたし、現に界隈では『鬼才のダンサーとなるか』なんて伸びしろに期待もされた高学年時代。それを経て、中学生ともなれば女性のしなやかさと芯に秘めた力強さも徐々に加わり、なんでもできると思っていた。
　恋をし、相手に相応しい才能あるダンサーとして名を馳せ、幸せになれるのだと――疑わなかったけれど。
（よくばり、だったのかしら）
　棚に整列させたテディベアをひと撫でし、苦笑する。全てを奪ったはずのあの夜は、小さな希望の欠片だけは授けてくれたのだ。

「えほん、なににしようかな～！」
　パジャマに着替えて楓が絵本を物色している間、智依子は社割で買ってきたテディベアを準備した。
　誕生日でもクリスマスでもない。けれど、感謝をするなら楓にと思ったからだ。
「早く決めないと、お布団取られちゃうわよ？」
　きょとんとした顔で振り返る楓が、笑顔になる。
「楓、ママのところに来てくれてありがとう。私、あなたのママになれて幸せよ」
　あれもこれも欲しいと願った末、大きな夢は砕け散った。恋をした相手には裏切られ、両親とは疎遠になり、ダンサーとしての道も閉ざされて。
　けれど、手元には――どんな宝石よりも大切な宝物が、今も輝いている。