鮮烈な出逢いをした、楽しい高校生活。
　同棲をして、同じ誌面を飾るグラドルとして働き、近づいたはずなのに不安になる距離。
　でも、最後にはそれを吹き飛ばす大きな幸せ。
「あれから１ヶ月……」
　いつも自己中心的で振り回す側な初瀬川 理緒は、だからといって何も考えていない訳ではなかったし、何でも内に秘めてしまう佐和崎 紗月だって、大人しく理緒の後ろをついて回るだけでもなかった。
　ぶつかって、すれ違って、周りの目を気にして――ぐるぐる遠回りした２人だけれど。
　ハロウィンのイベントという力を少し借りて、誰にも隠し事のない恋人同士となった。



　事務所に事前相談も無く、仕事中――しかも衆人環視の下での告白劇。騒ぎがイベント会場だけで済むわけもなく、１週間はあちこちで大騒ぎだった。
　すぐにＳＮＳで拡散されるし、取材に来ていた報道陣も続報を手にするべく張り込むし、それに付随して有名税なんかも跳ね上がって、応援に見せかけた暴言も山のように届いた。
　最初こそ、隠し事をしなくてよくなった解放感から、理緒は強気で構えていた。なんなら前向き思考を利用して「写真集の宣伝をしよう」とさえ思ったくらいだ。
　けれど、キスの写真が流出した時とは比にならぬ盛り上がりっぷりに、所属事務所が対応することとなったのと、新たに『おしどり夫婦として有名な俳優の不倫疑惑』というネタが投下されて騒ぎが収束に向かっていなければ、気が滅入っていたかもしれない。
（いやぁ、人気って生ものだわ……）
　もし、このタイミングでそんな大きなネタが転がり落ちなければ、暢気にカフェでネットニュースなんて見ていられたかどうか。
　まだまだ波風が収まったとは言い難いが、それでも気楽に外出が出来るようにはなっている。
（って、こんなゴシップはどうでも良くて！）
　仕事と大学の講義がない、まとまった貴重なオフの時間。今日こそはと思って買い物に出かけたけれど、目当ての物を決めているでもない。
　偶然知ったテディベアの日が『大切な人に想いを伝える日』だと言うから、今まで不安にさせてしまった恋人へ贈り物でもと思ったまではいいものの、数日間頭を悩ませたって良い案は浮かばなかった。
（テディベアを送る？　でもそれってなんかベタだしな）
　現役の女子大生だ、流行のスイーツショップも知っている。
　一緒に暮らす紗月のことだ、花や雑貨の好みなんかも……まあ、わかるだろう。
　今までだって、プレゼントや言葉やキスや抱擁の数々で想いを伝えてきた。けれど、それは溢れんばかりの自分の思いを伝えているだけであって、本当に自分の想いが伝わっているのか不安になってしまうのだ。
（紗月を愛しているから、なおさら）
　きっと何を送っても喜んでくれる。でもそれじゃ足りない。
　一般意見の参考として、ネットサーフィンをしてみても、ペアアクセサリーとか雰囲気の良いディナーとか、どうにもコレジャナイ感があって、理緒は途方に暮れていた。
（もっと、こう……）
　テディベアの日は『心を支え合う日』とも言うのなら、きちんと『自分の想い』を伝えたい。
　どうしようかとスマホから目を離した理緒は、カフェの新作を紹介する黒板に目を留めた。



　講義の終わった紗月は、スマホに特に急ぎの連絡が入っていないことを確認して、スーパーへ寄ろうかと思案していた。
　今日は仕事もないし、家でゆっくり食べられるはず。そろそろ寒くなってきたし、野菜がたっぷり摂れる身体が温まる物でも作ろうか。
（シチュー……なら、パンはあそこのお店で買って……ああでも、ミルフィーユ鍋もいいかな）
　こうして献立を考えるのも何度とあったはずなのに、最近は特に幸せだ。
　もしかしたら、２度となかったかもしれない。ハロウィンのあの日を境に理緒が部屋を出て行ってもおかしくはなかった。それくらい酷い我が儘を言ったのに、理緒は強く優しく受け入れてくれたのだ。
（フラれても仕方なかった、よね）
　相手の都合を考えず、自分が耐えきれないと……逃げ道を塞ぐように人前で告白など。
　勇気を出したからこそ、紗月の中で理緒は『親友』や『恋人』よりももっと大切な……最愛の人になったが、１ヶ月経った今でも、言葉でどう表現したらいいのか全然わからない感謝と愛おしさが募っている。
（……やっぱり、今日は理緒ちゃんの好きな物を作ろうかな）
　ふふっと幸せそうに微笑むと、紗月は一旦帰路についた。
　もう、一緒に買い物に出かけても執拗な取材に追われない。眉を顰める人はいるかもしれないけど、それでも理緒と共に居られるなら怖くない。
　何かを吹っ切ったのか、最近の理緒は以前よりも眩しく見える。元々物怖じしないタイプであったけれど、隠し事をしなくて済む……ということが一因なら、とても嬉しい。
（私は相変わらず、理緒ちゃんという太陽によって輝く月のような存在でしかないけれど）
　誰にも隠さない恋人となれたって、紗月の自信が湧いてくるわけじゃない。卑屈に考えてしまうところは抜けきらないけれど、太陽は２つ並ばなくていいのだから十分だった。



　そうして帰宅した紗月を迎えたのは、妙にそわそわしている理緒だった。
　献立の相談をしても、今日は何をしていたのかと問うても、なんだか落ち着きがない。いや、理緒が冷静沈着であるほうがらしくはないのだけれど、にしたって様子がおかしい。
　何か、言い出しにくい失態をしたのだろうか。
　それとも、事務所からハロウィンの件で良くない続報があったのだろうか。
　心配で顔を曇らせる紗月へと差し出されたのは、一通の手紙。封筒の隅には可愛いクマのイラストがプリントされた、ちょっとファンシーな物だ。
「後で読んで」
「あと、って……ご飯の？」
「もっとあとっ！」
　であれば、寝る前の今日中ということだろうか。
　わざわざ手紙にしたためるくらいだ、重要なことなのだろう。にしては、封筒の緊張感はあまりないけど。
（なんだろう……）
　良いことだろうか、悪いことだろうか。今度は紗月がそわそわする番だ。
　夕食を食べ終えても、湯船にぼんやり浸かっていても、手紙の中身が気になって日課としているストレッチにも身が入らない。
　遅々として進まないように思えた時計がようやく就寝時間を告げて、紗月はドキドキと不安が混じり合った気持ちで封を開けた。
（もし、これに何を書かれていたって……私は、理緒ちゃんを諦めない）
　それだけは、絶対に譲れない。
　よし、と気合いを入れて中を改めると、便箋が２枚。他には何も入っていないようだ。
　恐る恐る便箋を開くと、一緒に課題をするときに見かけた理緒の文字で懸命に気持ちが綴られていた。
（これ……）
　覚悟していたような悪いことなど、一切無い。不器用ながらも言葉を選んで、必死に伝えようとしてくれているのがわかる、理緒からの手紙。
　そこには、感謝と愛おしさばかりが込められていて、紗月は思わず泣きそうになる衝動を堪えた。
　袖を目頭に当てて一呼吸し、何かあっても文字が滲まないようにと便箋を持ち替えて。
　大事に大事に読み進め、ようやっと最後の行に辿り着いた。

　――ありがとう、紗月。あたしの最愛の人になってくれて。

　理緒に伝えたいと思っていた言葉が集約されていて、紗月はポロポロと涙を零した。
　すぐに不安がってしまう、意気地の無いところがあるのに呆れず、安心する言葉をかけてくれる。
　どんな想いで書いてくれたのか、ひと文字ひと文字に溢れているようだ。
「理緒ちゃん……」
　まだ起きているだろうか。
　お礼を言いたいけれど、涙はまだ止まりそうになくて、紗月はぎゅっと手紙を抱きしめた。
（私も書こう）
　改めて伝えたい言葉があった。
　何度言っても足りないだろうし、面と向かって言っても理緒は茶化してしまうかもしれない。それが照れ隠しのひとつだとわかっていても、ちゃんと受け取って欲しい言葉。
　これだけは、絶対に言わないといけない大事な想い。

　――理緒ちゃん……ありがとう。