しあわせのおすそわけ｜リアクション

しあわせのおすそわけ

　大学への進学を機に寝子島へやってきた京極花音は、一人暮らしが充実しすぎてすっかり忘れていた――ということでもないのだけれど。ふと、１人実家に残してきた母を思い出した。
　幼い頃から２人暮らしで、何かと迷惑をかけてきた。そんな母に孝行する意味もかねて、学費を稼いで自立した生活をと、暇さえあればバイトに明け暮れていたのだが。少々バイトを頑張りすぎたのか、ロクに顔を見せに帰っていない。
（冬休みはクリスマスや新年用のアレンジメントを売ったら落ち着くか……？）
　世話になっている手前、長期の休みも積極的に取りづらい。それに、そんなタイミングで彼女が訪ねて来たらと思うと、貴重な顔を見られる機会を逃すようで出勤したい気持ちが強まる。
　母か、彼女か。究極に思えるような選択肢に、いっそ彼女を母に紹介できる関係なら２人同時に会えるのに。
（まあ、それはいずれ……）
　あるかもしれないが、当面の花音の目標は暁月静という名前を知ることだろう。
　先日はその名を知らぬばかりに南京錠へ願掛けも叶わなかったし、気になる現場を目撃したのに声をかけて事実を確認することすらままならなかった。
　ともかくそれは、次に会えたらさりげなく聞き出してみようかと思いながら、ノートを開いた。
　バイト先で扱うのは生花が多く、季節によって取り扱いが変わる。もちろん仏花など年中置いてある花もあるが、取り扱いがどれも同じとは限らない。
「今の花で、大仰でもない感じの花で……贈り物に向くような」
　あまりに大きなアレンジメントを贈っても、逆に何かあったのかと心配させてしまうだろう。ちょっと玄関先に彩りを加えるとか、１人になってしまった食卓が寂しくならないようなサイズで、予算を決めて。
　そういったことはバイトのオーダーで聞き取り確認をする範囲だから、意外とすぐに思い至った。けれど、そのメインに何を添えるかはまったく浮かんでこない。
　訪れる客はなんて言っていただろう。相手の好きな色や花がわかっている時は注文もスムーズだが、そうでない時にはイメージの擦り合わせに難航する。とにかく大きな花だとか、高価そうに見えるものとか……本当に、受け取る相手はそんなことを気にしているだろうか？

　――今日のお花も素敵ですね！

　彼女のように、何でも喜んでくれる人もいる。それこそ、母だって。己に『花音』と花の字を使った名前をつけるくらいには花が好きで、特別選り好みはしていなかったように思う。
　どうやら送る側というのは、少々見栄を張りたくなるものらしい。
「小さなことで考え過ぎちまったな」
　バイトが休みの日、客目線でゆっくり花屋を見てみよう。その時目にとまった、母を思い出す花があれば、それを中心にアレンジを組んで貰って。
　贈ってはいけない花とか、相応しい花とか、難しい話はあるけれど――母は、どんな花でも喜んでくれるだろうから。
　深い意味とか大切な言葉は、花に隠すものでもない。だから、花音は電話をかける。
「もしもし、久しぶり。……なんでもないって、ただ近いうちに荷物を送る予定でさ。時間帯とかって――」
　声を、想いを。届けたいなら迷いなく。

　いつか、彼女にも似合う花をと思いながら。

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あとがき

担当マスター：浅野悠希
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みなさまご参加ありがとうございます、浅野です。

クマ以外にも、思い思いの物で幸せを伝え合う「おすそわけ」の様子は、
とっても可愛らしくて、ほっこりさせて頂きました。

贈った側は、伝わったかどうかと不安になることもありますが、
あなただけに見せる、とびきりの「ありがとう」が届いていますように。

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お時間ありましたら、よろしくお願いします～！

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