しあわせのおすそわけ｜リアクション

しあわせのおすそわけ

　冬の足音も近づいてきた頃。
　推薦などで進学が決まった者も出てくるが、青山絢の受験は終わっていない。
　志望校は３ヵ所に絞り、どれも芸術学部か演劇映像コースのある所をと考えている。
（どれも合格圏内ではあるのだけど……）
　今と変わらぬ環境で、というなら木天蓼大学だろうか。生活環境を大きく変えずに通学できることは、先を考えやすいし、頼れる人が近くにいるのは安心できる。
　まあ、ちょっと、大雑把で落ち着きのない面はあるけれど、あんなこともあったわけで――
（……それは、今は関係ないわね）
　受験勉強の最中だ、ひとまずその件はご退席頂こう。
　咳払いをして、受験対策本をひとつを手に取る。候補になっているのは、扶桑大学芸術学部……ここから通学できないこともないが、大学生活の傍ら女優の仕事もとなると移動時間は少ない方が望ましい。
　思わぬ切っ掛けではあったが、在学中に映画へ出演することとなり、新進気鋭の女性アーティストの新曲のＰＶにも出演し、どちらも高評価を得ている。
　まだ駆け出しではあるが、決して女優となるのが単なる夢物語ではなくなった今、活動拠点というものも考えなくてはならない。
　そりゃあ、従姉が都内のグループ会社へ転属となるならば喜んでしまうだろうが、今の職場で築き上げた物もある、奪ってしまうことは本意では無い。
（奪うと言えば――）
　またも脱線しかけ、パラパラ捲っていた本を勢い良く閉じる。
　合格圏内と油断するのはよくない。ほら、早稲畑大学文学部も日本全国から受験生が集まるのだから、受かる前提でというのも気の早い話だろうか。
　いや、受かってからの準備では遅い物もある。計画はしていて無駄になることはないし、保護者としてお世話になっている従姉に相談のひとつくらいするのは筋であろう。
（その前に、私は言うべきことがあるんじゃないかしら）
　絢の中で駆け巡るのは、とある一夜のこと。
　勢いが無かったわけじゃないし、互いに高揚していただろうことは伺える。だからといって、無かったことにする……というのも、性格上難しい。
　では、既成事実に縛られて責任をとる……というでもない。この事実は、どこか心の奥底で望んでいたと思うから。
（望んでいた……）
　改めて自覚して、顔を覆おう。一体全体、何を考えているのだろう。こんな、想いも告げる前から致してしまうなど、そんなに欲求不満だったとでもいうのか。
　恥ずかしいとは思う。けれど、情けないとは思わない。なぜなら関係を持った相手には信頼をおいているのは間違いないからだ。
　それが従姉である、というのはまた別視点から考えなければいけない問題を抱えてはいるものの、それはまた改めてということで。
　とりあえず直近の自分への議題としては、『この想いをどうするのか』だ。
　少々心身を傾注しすぎな部分もあるが、従姉はよく己を見てくれているとは思う。きっと想いなど筒抜けではあるし、こちらが奔放な性格をしていないことも知っているだろう。
　であれば、わざわざ口にしなくてもいいのか。
「……そういうわけにもいかないわよね」
　順番が前後してしまったとはいえ、大事なことだ。
　（これは信頼じゃなくて……愛している）
　そう口にすれば、考えなければいけないことが増えてしまう。この考え事の多い時期に口にすべきではないかもしれないけど、あの一夜の熱がある今なら、まだ。
　悶々と考え出したら止まらない……今日はもう勉強を諦めてしまおう。
　絢は熱くなる頬を押さえ、ぐるぐると考え込むのだった。