しあわせのおすそわけ｜リアクション

しあわせのおすそわけ

　図書室でいくつか編み物の本を見繕って来た八神修は、編み図を前に顔を綻ばせる。
　編み棒の号数だとか、糸の太さだとか。それらの意味がわかる程度の基本は抑えているし、編めないこともない。けれど、この記号にまみれた編み図をスラスラ読み解きながら……というほどの腕前でもなかった。
（だからこそ）
　誰かに教えを請いながら、作業できるのは良い経験になる。それが、愛しい七夜あおいを師と呼べるのであれば、彼女を知る良い機会となろう。
「今日はよろしくな。あおいと……クマ太郎たちも」
　桜花寮の食堂で、２匹のテディベアと相席。彼女と出かけたときには空いているそこに、存在感があるというのは妙に落ち着かない。
「せっかくこの子たちのために作るんだから、長さや色を合わせてあげたいよね！」
　切っ掛けは、テディベアの日の話題。それからクマ太郎たちの話になって、今も制服を着ているよとなって。それなら、今度はマフラーでも贈ってあげないかと話がまとまった。
　今、クマ太郎たちが着ているのは、修とあおいが１年生の時に着ていた制服をリサイズしたものだ。思い出の詰まった服を、彼女に贈ったテディベアが着ているというのは、なかなかに感慨深い。
　毛糸を２匹に当てながら「何色がいいかな」と考える彼女は、誕生日に贈ってくれた手袋のときも悩んでくれたのだろうか。
「それで、作り方なんだけど……２人でどう手分けしようか。半分ずつ編んで合体させるとか」
「ツートンカラーにするならそれもありだけど、１匹ずつ担当した方がよくないかな？　長いマフラー１本を、２匹に使ってもらうってことなら分担したほうが早そうだけど」
　修が想定していたのは、人の１人分サイズの長さだ。試しにと持参した物を巻いてやると、２匹が横並びに並んでいても、これ１本で……というのは少々無理がある。けれど、もう少し長さを足せば、ぬいぐるみだからこそ出来る可愛らしい出で立ちとなるだろう。
（さすがに、俺とあおいとじゃ身長差もあるし……）
　一度考えて、機能性に難があるなとひとまず頭の片隅にしまい込んだ。
「となると……編み物で合作は難しいか」
「うーん……そうだなぁ」
　ひとまずクマ太郎たちのサイズを測って、色を決めて。そうして図案を話し合っていると、あおいが閃いた。

　――合作、できるかも！

　十分な打ち合わせを終えた後、足りない色を買い足して２人はマフラー作りに励んだ。家では模様のないシンプルなマフラー本体を目詰まりに注意して編み、そして学校では編み棒をかぎ針に持ち替えてワッペンを作る。
「あおい、ちょっと見てくれないか？　この部分、なんだか目がおかしいように思うんだけど」
「どれどれ～？　あ、この段で増えちゃったんだね。これくらいなら大丈夫、くっつけるときに直せるよ！」
　模様は編み込むだけじゃない。飾りを別で作り縫い合わすことも出来ると気付いたのは、あおいが半端な長さの毛糸で色々と作っていたからだった。コースターや石鹸置き、なんなら洗剤のいらないエコタワシにもなるこれを、ワッペンにすることが出来るのではないかと。
　これなら、互いにベースを作りワッペンを交換して付けることで合作になる。
「これが大丈夫なら、俺のほうは数は足りてるよ。あおいは？」
「私も大丈夫！　なら、今度のお休みにまた寮の食堂でいいかな？」
　クマ太郎たちを連れてくるなら、確かにそこがいいだろう。人目があるけれど、だからこそ距離感を間違えないという意識も保たれる。
　喉元まで出かかった「車で迎えに行くよ」という言葉は飲み込み、修は微笑んで了承した。

　休日、寮に訪れた修は交換したワッペンを懸命にマフラーへ縫い付けた。
　毛糸を使ったステッチ縫いが、縁取りのようになって可愛らしさが増している気もする。
（……一緒に作れて良かった）
　最後に、木製の熊のボタンも隅につければ完成だ。
「できたー！」
　嬉しそうな声に、心が弾む。このぽかぽかを、君にも届けたくて。
「ハッピーテディベアデイ」
　ありがとうとか、幸せをとか……ぎゅうっと込めた願いが、君を包み込みますように。

このページにイラストを設定する