さよなら、ののこ様親衛隊隊長｜リアクション

さよなら、ののこ様親衛隊隊長

「――まあまあ、法被を回収できたのは収穫じゃないですか？」
　それが、萌々子の実際に口にした言葉だった。空は夜の気配をにじませながら、けれど確かに晴れたままだ。
　全てを話してしまえたら。背負っていたものを解き放って、楽になることができたなら。ほんの一瞬だけ、そんなことを思った。
「ぴりりさん。喉、渇いてませんか？　お茶淹れますよ」
「あ、ありがとうなのです……？」
　ぴりりに背を向け、台所へ向かう。ぴりりに見えないように、不審に思われないように、ぎゅっと拳を握りしめた。
　言えるわけがない。親衛隊の目的を話せば、フツウを死守するための戦いに、ぴりりを巻き込んでしまう。彼女の正義感は、一度知ってしまえば見て見ぬフリを許さない。
　そしてなにより、萌々子がずっと正体を隠して騙していたことを知れば、彼女はもう二度と人を信じることができなくなるかもしれない。
　そんなことにはなってほしくない。ぴりりには真面目で責任感が強くて、ちょっと頑固で、そしてまっすぐな彼女のままで居て欲しい。人を信じられない孤独な人には、なってほしくない。
　脳裏をよぎるのは、かつてぴりりの笛の付喪神に言われた言葉。
『だから、責任を持って嘘を付き続けるのです』
（それが一番いいんです）
　は、と。唇から漏れたのは、自分を嘲る笑いだったろうか。もっともらしいことを考えているようで、その実ただの自己保身でしかないと。
　唇を噛みしめる。
　そうじゃない。そうではないはずだと自分に言い聞かせる。
全て自分の中にとどめておけば、誰も傷つかないで済むのだから。

◆
　ベッドの上で足をぷらぷらさせながら、ぴりりはカバンの上に置いた法被を眺めた。
（やっぱり、隊長を辞めるつもりだったのでしょうか？）
だけどそれなら、どうしてわざわざ正体がバレるリスクをおかしてまで、ぴりりと大立ち回りを演じたのか。
　これがもっと自己顕示欲が強くて迷惑な輩なら、勝ち逃げを見せつけるためという可能性もだってあったかもしれない。
だけど彼女は、あの法被の集団は違う。法被こそ目立つものの、活動そのものはむしろ目立たないようにしている節があった。
　ならば何故かと考えて、思い出されるものがあった。
「今日で消える」と告げた時の、彼女の様子だ。
　あの場では、挑発的な調子に気を取られてしまったけれど。あの時の親衛隊長の目は、どこか悲しげで、そして強い決意を秘めた人の目ではなかったろうか。
　あの声は、聞き覚えのある声ではなかったろうか。
「……ねえ、萌々子さん」
「どうしました？　あ、お茶はいりましたよ」
「ありがとうなのです」
　インスタントのお茶を受け取る。ふーふーと冷ましながら、お茶の上に広がる波紋を眺めながら、ぴりりは呟いた。
「私は風紀委員長として、親衛隊長を認めるわけにはいかないのです」
「……ええ。当然だと思います」
　一緒に入れた自分のぶんのお茶を一口、萌々子がもっともだとうなずいた。そんな彼女の方は見ないまま、でもとぴりりは言葉を続けた。
「今日のあの人は、何かとても大きな覚悟と一緒に、私の前に現れた気がするのです」
「……覚悟、ですか？」
「はい。それが何なのかは、私にはわからないですけど」
　ぴりりは法被の方をちらりと見た。
「その覚悟は、認めたいと思ったのです」
　そして、心の中で呟いた。
（さよならなのです、親衛隊長さん）

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あとがき

担当マスター：風雅宿
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嘘と決別のお話、責任をもって書き上げさせて頂きました。
青春の一幕、その決着を描けていれば幸いです。

またNPCの描写にがっつり尺を割くシナリオは今回初めてやらせて頂きましたが、
そちらについても力を尽くしつつ楽しく執筆させて頂きました。

また別の機会にご用命を、あるいはシナリオにてお会い出来ましたら幸いです。
それでは、また。

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