さよなら、ののこ様親衛隊隊長｜リアクション

さよなら、ののこ様親衛隊隊長

◆
　萌々子のスマホが、一件のメッセージの受信を告げる。その送信者が誰なのかだけを確認すると、萌々子は内容は見ないまま通知を閉じた。
（……もうすぐ、ですね）
　携帯を持つ手に、力がこもる。
　その時が来る前に、こちらの話は〆ておかなければ。
「皆さん。今日は会議に参加してくれて……私の引退を受け入れてくれて、ありがとうございました」
　画面の向こうの同志たちに頭を下げる。音声だけの会議だから、もちろんその姿が見えることはない。わかっていても、自然と身体がそう動いていた。
「他に誰か、話しておきたいことがある方は居ますか？　居なければ、今日の会議はこれで終わりにしましょう」
「……」
　すぐに返事はなく、見えないはずの顔を見合わせるような沈黙があった。
「ない」と誰も言おうとしないのは、この会議が終われば隊長が引退するということへの、名残惜しさからだろうか。
「……ありませんね？」
　はい、と。誰かが答えたように思う。
「では、皆さん……お疲れ様でした。そして、さようなら」
「お疲れ様でした！」
「隊長、お元気で！」
　隊員たちの挨拶が落ち着くのを待って、萌々子はリモート会議を終了した。
直後、教室の扉が音を立てて勢いよく開く。

◆
　ぴー！
　空き教室に、特別教室棟の廊下に、銀のホイッスルが甲高い音を鳴り響かせる。
トレードマークが発する鋭い音と共に、ぴりりは目の前の不審生徒に指を突きつけた。
やたら目立つ黄色い法被に、顔を隠す黄色のマスク。そして、赤地に白抜きで主張する「隊長」の文字。
この目ではっきりと確認できる機会は今までほとんどなかったが、間違いない。例の親衛隊――それも親衛隊長だ。
「見つけたのです、黄色い法被！」
「……来ましたね、風紀委員長」
　黄色い法被の不審生徒は慌てる気配もなく、それどころか予想通り――いや、むしろ待っていたとすら思える穏やかな笑みを浮かべていた。落ち着いた動作で、手にしていた携帯をしまう。
（……やけに余裕な態度なのです？）
　何を企んでいるものか、と警戒を強めるぴりり。反射的に教室の中に注意を傾けた、その瞬間――。
不審生徒が走り出した。
「あっ！　こら、待つのです！　――わわっ！？」
　当然追いかけようとするぴりりだったが、すぐに机や椅子とぶつかりそうになって足を止めた。
「こ、これは……！」
　ぴりりが入ってきた扉の方は、進路を塞ぐように机と椅子が巧妙に配置されているではないか！
　対して黄色い法被は、反対側のドアへと一目散。よく見れば、そちらはほぼほぼ一直線のルートが構築されていた。
　相手はぴりりがやってくるのを予想していただけではなく、逃走ルートまで構築していたのだ。
風紀委員にこれまで、まるで尻尾をつかませなかっただけのことはある。その用意周到さに、ぴりりは敵ながら感心してしまう。
　しかし、逃がすわけにはいかない。
「待つのです！」
　ぴー！　ぴりりりー！
　入ってきたドアから飛び出して、威嚇射撃のようにホイッスルを吹き鳴らす。
　黄色い法被と長いツインテールが翻り、教室横の階段を駆けがっていくのが見えた。
「逃さないのですよ！」
　その階段が続く先は、特別教室棟の屋上だ。すなわち行き止まりであり、追うぴりりの側からすれば好都合とも言えた。
（でも、どうして屋上へ逃げるのです？）
　逃げることを第一に考えるなら、下へ降りた方が良いはずだ。とっさに判断を誤った可能性もあるが、逃走ルートの確保まで周到に行っていたような相手が、そのようなヘマをするだろうか？
もしやあの黄色い法被は、初めからそのつもりだったのでは？　しかし法被集団のこれまでの目撃情報から考えると、仲間とともに待ち伏せてぴりりを――といった事態は考えにくい。
ならば、何故？
ホイッスルをくわえたまま、ぴりりは唇をきゅっと結んだ。
（なんだって構わないのです。向こうが何か企んでいるなら、今は乗ってあげるのです！）
　そして、乗ったその先で捕まえてやればいい。それでこの話は、謎の不審な法被集団の噂はおしまいだ。

このページにイラストを設定する