暴け！　秋だけの美味しいヒミツの暗号｜リアクション

暴け！　秋だけの美味しいヒミツの暗号

　大口を叩いてしまっただろうか、とも思ったのだけど。
　さりとて、この味覚溢れる季節に『こだわりの』シンプルメニューばかりも、ちょいと味気ない。
　思いつきとは怖い物だ。くつくつと笑う柏村文也は、連日の賑わいを見せる店に達成感を覚えた。
（いや本当に……無事に新メニューとして完成して良かった）
　日頃パソコンに触れる文也は暗号こそ真っ先に閃いたのだが、メニューは頭を悩ませた。
　美味しい物を食べには行くし、参考になればと思うこともある。けれども、料理の腕前はというと店の通常メニューを見ればお分かりになる方もいらっしゃることだろう。
　そう茶々を入れられたなら、こう返すのだ。「シンプルな料理だって奥深いものだろう？」と。
　例えばトースト１つ取ったって、パンに合った加減という物がある。……まあ、本当にこだわっているのかと問われれば、企業秘密だと食えない笑顔で流すしかないくらいには、手間は勘弁願いたいのだけど。
　兎にも角にも、新メニューは必要だったのだ。謎解きをしてもらうのに、その対価がコーヒーサービスだなんて誰が挑戦するだろうか？　ここはやはり、特別感のあるメニューにしたい。
　先日もカフェへ立ち寄り秋のメニューを楽しんところだ。あれほど見た目に趣向を凝らすことは難しくとも、作り方を調べて『ちょっと』練習するくらいで済むだろうと。やれば出来ないことはないと材料を揃えたまでは調子も良かった。
（……本当はちょっとどころではないくらい練習したんだが……まあ誰にも言うつもりないし、黙っておこう）
　その後はもう調べて挑戦しての繰り返しだ。芋は低温で長時間焼くと甘みが出るとか、パイシートなる便利な物があるとか。でもこの時期は捏ねるのも挑戦しやすいと聞けば粉にまみれて悪戦苦闘して。
　頑張った。本当に自信ある新メニューだから、ご褒美感のある地位に相応しい。
「さぁて、今日もそろそろ開店といこうか」
　ランダムに座席にメッセージカードを置いていく。そこには『きららしりなその』とだけ書かれていた。

　――少し勉強の息抜きになればいいな。
　それが、ＳＮＳで古書喫茶『思ひ出』のイベントを知った鴻上彰尋の第一印象だった。
　当然それは、自身のことも含めてだけど……同じく受験生であり、進路によっては遠く離れてしまうかもしれない七夜あおいは楽しめるかなと思い馳せる。

　休日の今日、彼女は何をして過ごしているだろう。ふと目に入った卓上カレンダーの『10月』という文字に、もう願書は出したのだろうかと気になって……忙しいかなとは思いながら、思い切って通話ボタンを押した。
　まずは良く通う喫茶店があるんだと会話の切っ掛けを準備して。それから、以前は秘密結社に挑んだり楽しかったんだよと興味を惹くように話を弾ませて。
「今回はあおいさんと参加したいなと思ってさ」
　自然な流れで誘えているだろうか。やっぱりメールにしておいたほうが良かっただろうか。
　何も今からと思ってのことじゃない、予定もあるだろうし期間中に都合が付けばと付け加えて、彰尋はカレンダーをもう一度見る。
　だけどもし『また今度ね』と言われたら、仕方ないねと笑ったら……その今度は、彼女が近くにいる間に巡ってくるのだろうか。
「……私は、大丈夫なんだけどね」
　ちょっと困ったように言い淀むあおいの返答は、了承でも断りでもなく――不思議なことに『彰尋くんは大丈夫？』という問いだった。