十三夜の隙間｜リアクション

十三夜の隙間

　ふと見上げた空には欠けた月。
　そういえば、今日は十三夜がどうとか同僚がうんちくを話していたな……と水槻清恋は思い返す。
（確か、十五夜と対になるとかで）
　同じ場所で月見をするのが習わし、なんて言っていた気もするが。
　そもそも十五夜だなんだと、イベントの日はこぞって羽目を外す輩が多い。例え別部署でも、手が空いていたなら抑止力のための見回りや、いざこざが小規模なうちに鎮圧の手伝いへ駆けつけなくてはいけなくて、休暇をとった者など自分を含めているかどうか。
　そもそも、赴任早々の重大案件に配属されて以降、昼夜関係なく捜査に走り回っている身としては、どちらにせよ関係のない話なのだけれど。
（……あれから、半年か）
　桜舞い散る寝子島にきて、あっという間に夏が終わり、月を見る間もなく冷たい秋風が吹いていた。
　明日は非番。久しぶりにゆっくりできるなら、少しばかり遅れたけど１人で34歳の祝いに飲みに行く……という気分でもなし。かといって真っ直ぐ寮へと帰るには、幾分早い時間だ。
　何とはなしに足を向けたのは、寝子ヶ浜海岸。この小さな島では珍しくもない、比較的どこからでも見える海だけれど。ゆらゆらと海面を漂う月と、見上げた先にある欠けた月の両方を見られるなら、ここを選んで正解なのかも知れない。
　十五夜もさぞ綺麗だったのだろう。けれど、満ちた輝きは眩しすぎて見上げるには辛かったのではないか。
　自嘲するように笑ってしまうのは、過去の恋愛遍歴のせいだ。
　あれも、これも。運が悪かったのかハズレを掴まされたのか……一番マシだと思えるのは、遠距離になるのを機に自然消滅だろうか。
　『清い恋』なんて名前をしておいて、そんな恋などあったためしがない。
（あとは……）
　恋愛という枠に入れていいのかも迷う、ただの男女の関係になった人はいる。
　夏のイベントで出会い、そのまま一夜の別れ――のはずが。花火大会で再会してしまうという、出来すぎた物語のような相手。
　一応はアドレスも交換した、彼氏と呼んで差し支えないのかわからない森谷錠は、この２ヶ月で10にも満たないやりとりしかしていない。
　こっちは２度はないと思ってホテルに捨て置いてきたのに再会してしまうし。
　じゃあと連絡先を交換したところで、互いに忙しいからとメッセージもろくに交わさず。
　釣った魚には餌を与えない主義か知らないが、釣られた覚えもなければ、こちらが釣った記憶も無い。
（なんだっていうのよ！）
　思わず、清恋は砂を蹴り飛ばした。
　ただイライラして、ただの行きずりの相手に何を腹立てているのかとむしゃくしゃして。
　思いのほか勢い良く蹴っ飛ばした砂は、不幸にも前方を通っていた青年にかかってしまった。
「すみません……って、森谷さん？」
　彼はたしか、この辺りに住んではいなかったはずだ。
　次に会うとすれば、何か約束を取り付けるか、またイベントのあるときだと――思って、いたのだろうか。
　自分は彼と、会いたかったのだろうか？
「あはは、会えましたね。仕事で寝子島に来たけど、とんぼ返りも勿体ないなって」
　会えても会えなくても、どちらでも。そんな軽いノリで顔を合わせて、２ヶ月ぶりとは思えない気楽さで何となく会話ができることが性に合うのか。
　今までの恋愛では感じたことのない穏やかさが、清恋の口数を増やしていく。
　それでも、夜風の冷たい季節だ。錠が話し上手で会話が途切れなくても、いつまでも浜辺で語らうような若さもない。また今夜も、あの場所へ行くのだろう。
　そして、この気楽さが続くのであれば……明日はおはようと言ってあげようか。

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