九月の姫君（プリンセス）たち｜リアクション

九月の姫君（プリンセス）たち

　弓矢はおろかアーチェリーだって縁遠い身からすれば、『矢のごとし』なるたとえはいまひとつ実感をともなわない。
　だがこれを急行列車とか、新幹線にたとえたらどうだろう。いやジェット機のほうがいいか。
　ともかく早いのだ。ジェット機のごとしあるいはロケットのごとしなのだ光陰――時間（とき）のすぎゆく速度というのは。
　ついこの前までは夏休み、炎暑にさらされ数分も歩けば汗だくになっていたはずが、そんな記憶はすっかり過去のアルバムの一ページ、歴史の記述のように思えてくる。
　いい夏だったと梓智依子は思う。ベイエリアの大型玩具店ハローニャックの高校生アルバイトとして、幼稚園生の娘を育てる母親として、昨夏の智依子は本当によく働いた。バイトのシフトにはたくさん入ったが、それと同じくらい娘との時間も大切にしてきた。

　プラモデルの箱をかかえて積み上げ、迷子の子をなだめつつ店内放送のスイッチを押し、ジャンル別作品別に細分化されすぎて植物園のように複雑怪奇なフィギュア売場の配置を覚えた。
　可能なかぎり娘楓の送り迎えを行い、遠足となれば張り切って弁当のおかずを考え、スモックにはひまわりのワッペンを縫いつけた。ほとんど毎夜まだ眠くないとぐずる彼女のために、野菜の王国や動物探偵のお話を読み聞かせては一緒に眠った。
　忙しくはあったが充実もしていた。小さなミスに目をつぶれば、大きな後悔などまるでない智依子である。
　学校が再開されたかと思いきや、またたくまに九月も後半だ。先日の敬老の日、楓は幼稚園で描いた絵を智依子の祖父母（楓からすれば『ひいおじいちゃんとひいおばあちゃん』）にプレゼントした。クレヨンで描いた目の大きな似顔絵は、どれほど祖父母を喜ばせたことか。もちろん、智依子をも。
　命の不思議だ。ついこの前まで小さな赤ん坊だったものが、今ではこうして絵を描くまでに成長した。それも、かつての抽象画の段階ではなく、はっきりと誰を描いているかわかるレベルに。親の欲目を抜きにしても、けっこう似ているとも思う。もしかしたら楓は美術方面に才能があるのかもしれない。
　あらためて、楓を産んでよかったと智依子は思う。
　楓の絵はその後長く、玄関脇のよく目立つ位置を飾ることになる。

　楓が五歳の誕生日を迎えるまであと一ヶ月をきった。
　誕生日はどう祝おうか。
　智依子はそんなことを考えている。
　ちょっと気が早い？　かもしれないが、あっという間にその日がやってくることを智依子は経験上知っている。
　なぜって、光陰というのはそういうものだからだ。

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