眠れば天使、起きれば悪魔、遊ぶ姿はsuper cute！｜リアクション

眠れば天使、起きれば悪魔、遊ぶ姿はsuper cute！

　壁紙が変わっていたりと些細な違いはあれど、卒園した当時と変わらない建物に懐かしいと思う間もなく。
　保育士が助けを求めるように扉から手を振っていたので、三折部朝衣はすぐにその場へ駆けつけた。
「ごめんなさい、ちょっと……ちょっとだけお願いします！」
　記憶が確かなら、走り去っていったのは職員用トイレのほうだ。交代する人手がいないとなると、確かにこういうときは不便かも知れない。
（やっぱり子育ては１人じゃ無理よね、仕事も両立させたいし）
　とりあえず今は、少しの間だけ留守を預かる気持ちでいた。可愛いからと無闇に構ってしまうのも良くないだろうし、きっと戻ってきたら指示を――なんて、悠長なことは言ってられない。
「ふえ、え……わぁあああん！　」
　知らない人が来たと気づいたのか、赤ん坊は大声で泣き出した。歓迎のご挨拶にしては、ちょっと盛大すぎやしないだろうか。
「よーしよし、ええっと……千紘くんね！」
　朝衣はベビーベッドを覗き込んで、手をひらひら振りながら声をかけてみる。けれど千紘は見向きもしなければ、泣き声が大きくなるばかり。
　思いつくあやす方法なんて限られていて、抱きかかえて揺らしたりしてみるけれど……一瞬の手応えを感じた物の、千紘は仕切り直したようにまた声を張り上げる。
「ええ、待って……ミルクがいる？　でも抱えたまま作るわけにもいかないし」
　部屋の中には小さなキッチンが付いている。出入り口は子どもが簡単に開けられない作りで、カウンターのようになっている。これなら教室の様子を窺いながら作業することも出来るだろう。だが、万に一つの可能性で火傷でもさせたら大問題だ。泣きわめいているからと連れて行くわけにもいかない。
「あとはおしめ？」
　ベビーベッドの下には、各自の荷物がまとめられたリュックがある。ひとまず千紘をベッドに寝かし、トントンとお腹を叩きながら片手で荷物を改める。けれどさすがに、片手で人様の荷物を器用には確認できない。
「いじめっ子、どーこだっ！」
　そんな大混乱の中、勢い良く扉を開けて入ってきたのは年長クラスの園児たちだ。
　園庭を駆け回っているはずの彼らが、お手伝いをしにやってきた……という雰囲気もなさそうで。朝衣は未だに泣き止まぬ千紘を助けようと、鬼面タイガーごっこに興じる園児たちに囲まれてしまった。
「違うの、いじめてないのよ。千紘くんのお世話をしているだけなの」
「わるいやつが、わるいことしてるっていうもんか！」
　それはまあ、そうなのだけど。
　知らない人の言い分を素直に信じないのは、悪い大人に唆されることがなく安心できる半面、こういった事態の時に非常に困る。
「ここは、おれたちがくいとめる！　おまえらははやく行けっ！」
　気づけば、赤ん坊の１人がはいはいをしながら廊下に出ようとしている。注意を逸らされていた隙に、もう１人がおろしてしまったのだろうか。
　こうなっては、背に腹は代えられない。危険性から見ても、まずは廊下に飛び出そうな子を迎えに行かなくては。
（悪戯っこたちを叱るのは、その後ね！）
　この大変な思いを、パートナーにも事前に知ってもらおう。元々、育児には協力的な返事をしてくれていたし、こういったアクシデント回避のためのグッズもたくさん取りそろえよう――なんて考えるには少し気が早いのだけれど。
（子育てってこんなに大変なのね……でも）
　パートナーと一緒ならば、それも幸せなのだろうか。朝衣はいい経験がたくさん出来そうだと微笑んだ。