No Rain, No Rainbow｜リアクション

No Rain, No Rainbow

　小雨の降る中でも足取り軽く。
　九夜山のハイキングロードを目指す綾辻綾花には、傘が雨をはじく音もマーチソングのようで、心踊る音楽に聞こえた。
　きっと待ち合わせ相手が早川珪だという理由も大きいだろう。彼が、こんな雨の日にデートの約束をしてくれたのだ、浮かれるに決まっている。
（デートじゃなくて、おでかけ……っ！）
　早る鼓動を鎮めるように深呼吸をしてみたって、１度意識をしてしまうとドキドキは止まらない。
　でも、浮かれてばかりもいられない。
　珪にとって雨の日は――よくない意味で、特別なのだと思う。きっと大切な探し物が見つかるまでは、本当の意味で笑えるようにはなれないし、その領域に踏みこむことは容易ではないと、綾花もなんとなく感じている。
（それでも）
　だからと言って、何もせずにはいられなかった。
　あの、大切な探し物の名前を知った日から、休日や放課後は古書店巡りを続けている。けれど、少部数の自費出版の本など、簡単に見つかるような物でもない。そんなに単純なことであれば、珪がすぐに見つけているはずだ。
　珪にとっての雨の日が、どれほど辛いものかはわからない。そこへ重なる、本が見つからない焦りと不安。
　ぐるぐる考えた結果は単純明快だった。とにかく、彼にとって雨の日が少しでも楽しくなればいい。
　であれば、デートに浮かれたい気分を少し我慢して、雨の日の良さや楽しさを心から伝えてみればいいと。
（もうっ！　だから、おでかけ！）
　雨の度に憂う珪を、どうにかしたい。そんな大層な理由は少し置いておいて。
　ただ自分の好きな物を、好きな人と共有したいとだけ思うことにする。そうしないと、嫌いじゃない雨の日が好きな人を悲しませる嫌な物となってしまいそうだから。
　本当に素敵で楽しいのだと、伝わればいい。雨の日も、珪のことも――とても好きなんだって。
　収まらないドキドキは、ぱしゃりと水たまりを踏んだからだ。そして、まだ見ぬ猫と会えるかもしれないと期待しているからに違いない。
　そう言い聞かせないと、名月を見上げた時のように、また気持ちが溢れて告げてしまいそうだ。
　待ち合わせ場所について、もう一度深呼吸。珪と雨の日を楽しめたら、どんなにいいだろうかと思い馳せて、それは今日の『おでかけ』にかかっているのだとちょっぴり気合いを入れる。
　雨の日が苦手なまま雨の日に想いを告げたって、素敵な思い出にはなりはしない。その一瞬は素敵な物になるように、気持ちも告げる場所も整えたい。
（それはきっと、今日じゃない……）
　心の準備ができた頃、珪がこちらへ向かってくるのが見えた。今更ながら、泥が跳ねてやしないかとか、無理させてはいないだろうかと気になってしまうけれど、もう後戻りはできない。
「珪先生、今日はよろしくお願いします！」
　元気に、朗らかに。綾花は晴れの日と変わらぬ笑顔を見せて、この日が最良の日となるように願った。

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