◆9月29日、みんなで楽しく過ごすため！
　るんたった、と楽しげに足取りも軽く弾ませて、橘 明里は猫鳴館の物置部屋――じゃなかった、食堂――いややっぱり物置部屋へと向かっていた。両腕にはたっぷり何かの詰まったビニール袋をガサガサかけていて、さらにその両手で何かがたっぷり入った段ボールを抱えている、という大荷物ぶり。
　時々はよろめいたりしつつも、明里の楽しげな足取りは止まらない。止まらないけどやっぱり時々よろめくので、見ていて実に危なっかしい。

「手伝いますよ、橘先輩」
「ありがとうなの！」

　すれ違った寮生が、見るに見かねてひょい、と段ボールを引き受けてくれた。見れば1年生だ――そんな後輩に、突然重みがなくなったので大きくよろめき踏ん張ってから、明里はにっこりお礼を言う。
　そうして今度は並んで歩き始めたけれども、明里の弾む足取りはそのままだった。ステップを踏むように踊るように、物置部屋に入っていく明里の後から段ボールを持ってついて来た後輩が、どこに置こうか一瞬迷うそぶりを見せてから、思い切りよくその辺の有象無象を足で避けてどんと置く。
　その拍子に、段ボールのふたが少し開いた。中からのぞいたのは大量の、そして様々な色のカップケーキだ。

「――カップケーキ？」
「たんじょうびなのよ！」
「はい……」
「たんじょうびはたのしく！　なのよ！」
「……はぁ」

　ひとまず誰かの誕生日なのだろう、と理解して彼は「それじゃ失礼します」と明里に頭を下げ、物置部屋を出ていく。その背中に「みぃんなといっしょにきてね！」とぶんぶん大きく手を振って、さて、と両腕に下げていたビニール袋をどっさり下した。
　その中に入っているのも、大量のカップケーキ。それからトッピングに使うホイップクリームやチョコクリームのスプレーに、チョコチップやアラザン、クラッシュアーモンド、その他いろいろ。
　それらを明里は、引っ張り出したテーブルの上にどんどん、どんどん並べていく。途中で重みに耐えかねたのか、それとも衝撃に耐えきれなかったのか、足がぼきっと折れたが部屋の隅にあった謎の置物を足代わりにして事なきを得た。
　ふんふん、ふふーん♪　と鼻歌を歌いながら明里はそうして、誕生日を祝う準備を進める。先ほどの後輩にはすっかり伝えた気でいたが、今日は明里の誕生日なのだった。
　だから、みんなで楽しく過ごすためにはどうすれば良いのか考えたところ、美味しいものがいっぱいなくてはいけないと気が付いた。ゆえにこうして大量に、足りなくなったりしたら悲しくて寂しいからとにかく大量に、色んなカップケーキを購入してきたのである。
　そんな食堂をふらりと覗きにやって来た、猫館 鳴が「おやまぁ」と目を丸くする。

「これは何の騒ぎなの？」
「鳴ちゃん！　たんじょうびなのよ！」

　その声にぴょこんと顔を上げ、明里は先ほどと同じ言葉を繰り返した。偶然なのか年の功なのか、その意味を正確に察した鳴は「あら、それはおめでとう」と明里の頭を軽くなで、それからぐるりと部屋の中を見回す。
　食堂という名前の物置部屋は、その名の通り雑多なもので溢れていて、そこに明里がずらりと並べたカップケーキやトッピングが見事に異彩を放っていた。このトッピングで、みんなが楽しめるように思い思いにケーキを作って楽しく食べるのだ、と明里が説明すると、へぇ、と軽く頷いて。
　そのまま首を、こてんと傾けた。

「――ラディッシュ？」
「ニンジンもありますなのよ」

　鳴の言葉に明里がそう訂正を加えたが、聞きたい事はそこではない。ケーキのトッピングの中に、なにゆえイチゴやブドウに交じってラディッシュやニンジンスライスやミニトマトといった野菜があるのか、それが聞きたいのである。
　そんな鳴の言葉に「ああー」と明里は大きく頷いた。ひょい、とテーブルの真ん中あたり、何となく半分になっている所を指さす。

「あのね、甘いもの苦手な人のために、甘くないケーキもたくさん用意したんですなのよ」

　何しろ明里はみんなで楽しく過ごしたいのである。今でも『みんなが楽しめる猫鳴館になればいいな』と願っている明里だから、甘いものが苦手な人が甘いカップケーキばかりで楽しくなかったら、そんなのは絶対にいけない、と思うのだ。
　ゆえに考えたのが、甘くないカップケーキを用意すればいい！　という事。その上にラディッシュとかニンジンとか乗ってるようにすれば見分けがつくかな？　と考えた。
　だからあちこち探しまわったのだけれど、なかなか思うようなカップケーキは見つからない。けれどもその中で、甘くないカップケーキがないか尋ねたケーキ屋さんのうちの1つが、それは面白いね、と楽しそうに頷いてくれた。
　そうして色々と、あれが良いんじゃないか、こんなのはどうだろう、と一緒に考えたり提案したりしてくれて、出来上がったのがこの甘くないお野菜カップケーキ。おまけに、「こちらも楽しませてもらったり、良いアイディアを貰ったお礼だよ」とウィンクして、完全にオーダーメイドだというのにかなりお安く売ってくれた。
　だから甘いのが苦手な人も楽しめますなのよ！　と喜色満面の笑みを浮かべる明里である。そんな明里に頷きながら、ひょいと物珍しそうに甘くないカップケーキとやらを手に取り眺め始めた鳴をにこにこ見つめてから、明里はガラクタの山へと向き直った。
　もしかしたら歌を歌いたい人もいるかもしれないし、みんなでゲームをやりたいという子だっているかもしれない。そのためにカラオケセットや黒ひげキャラクターのゲームや、他にも色々と引っ張り出そうというのだ。
　何しろガラクタの山なので、十中八九カラオケセットは動かないだろうし、ゲームはきっとパーツや駒が足りないに違いないのだけれど、大切なのは楽しむ気持ち。いざ歌おうとして「動かねぇじゃん！」とアカペラを披露する羽目になったり、ゲームが盛り上がってきたところで「剣が足りない！」って大騒ぎして笑い転げるのも、きっと楽しいに違いない。
　だから、

「猫舘の鳴ちゃんも一緒に盛り上がろうなのなの！」

　そう笑顔で誘う明里の中で、誕生日って何だっけ、という疑問がほんのり浮かんで霧散した。自分にとってこれが楽しいのだから、きっとそれで良いのだ。


　そうして始まる誕生日会は、ハチャメチャの嵐を孕んでいて、けれどもきっとそれもまた猫鳴館らしいイベントなのだった。