ある迷宮で手繋ぎを・幽｜リアクション

ある迷宮で手繋ぎを・幽

塀の迷路を突破してから、ウォルター先生は柚春に手を差し出した。

「迷子にならないように、しないとねぇ？」

それは先生として差し伸べられる手だ。特に何も起こらないなら、手を繋ぐ理由はない。こんな不思議な場所でも「先生」の顔をされることは仕方のないことなのかもしれない。けれども、その壁が、柚春はいつも以上に気になってしまった。

「僕が手を差し伸べて欲しいのは先生としてじゃないんだ」
「じゃあ何としてかなぁ？」

先生の目が、柚春をまっすぐ見つめる。ひと呼吸おいて、柚春は口を開く。

「ワット、職業的な義務感で手を差し伸べられてもうれしくないよ」

ウォルター先生はしばらく無言で柚春を見ていた。少しして、小さく息をついた。

「じゃあ、同じように怖がっているひとりの人間として」

もう一度、柚春に手を差し出す。

「うん」

柚春はようやくウォルター先生の手に自分の手を重ねた。

廊下に何かが走る音が聞こえた気がして、碧南は立ち止まった。

「先輩？　どうかし……」
「しっ」

碧南は唇に人差し指を当てて、静寂を保つ。遠くから見える鈍色の光。近づいてきて分かる、これは何かが回転するような音。落ち着いて耳を澄ませながら、目を凝らす……それは鋸の刃だった。

「やばい！　逃げるよ柚乃！」
「はいっ！」

碧南は柚乃の手を引いて走り出した。

普段部活で走るのには慣れているとはいえ、生命のかかったこの状況では緊張感が違う。鋸の刃を防げそうなものを探すが、あいにくと求めているものは見当たらない。その代わり、小部屋がひとつある。

「柚乃、隠れててね」
「えっでも先輩は」
「大丈夫、なんとかするわ」

柚乃を小部屋に隠して、碧南は１人。その間に丸鋸は碧南との距離を詰めている。目の前に迫る鋸の刃。触れてしまえば軽い怪我なんてものでは済まない。

『普通は』

碧南は絶体絶命の危機に陥った。そう、認識した。全身を不可視のバリアが薄く覆う。鋸の刃による物理攻撃は、碧南の身体に傷ひとつつけることなく通り過ぎた。丸鋸が大きく回って戻ってくる。そのときには、碧南の姿は丸鋸の近くから消えていた。

碧南は柚乃がいる小部屋に入っていた。一度角を曲がってきたから、すぐ見つかることはないと思う。

「柚乃」

小声で名を呼ぶ。柚乃も状況を分かっているから、小声で返す。安堵のためか、碧南に抱きついてきた。

「先輩、無事で良かったです」
「柚乃も無事で良かったわ。もう少しここに隠れていようね？」

広い建物の廊下に出ると、回転する丸鋸の刃が現れた。

「俺が囮になるから、あおいは安全な場所に！」

手を繋いだままとはいかないので、修は繋いでいた手を離す。途端、丸鋸は修へ向かってきた。あおいが物陰に身を隠したのを見届けて、修はろっこんを発動する。丸鋸は分解されて、バラバラに砕かれた刃が床に落ちた。

「修くんありがとう、怪我はないよね？」
「大丈夫だよ。先へ進もう」

あおいは頷いて、修の手に触れた。離れた手を繋ぎ直して、２人は屋敷の中を進む。

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